木嶋佳苗に翻弄された検事、記者、それぞれの“法廷ショー”
世間を戦慄させた殺人事件の犯人は女だった――。日々を平凡に暮らす姿からは想像できない、ひとりの女による犯行。彼女たちを人を殺めるに駆り立てたものは何か。自己愛、嫉妬、劣等感――女の心を呪縛する闇をあぶり出す。
[第4回]
首都圏 婚活連続不審死事件
(前回はこちら)
木嶋事件がこれだけ注目を浴びたのは、彼女がデブでブスだったからだ。もうこれは断言するしかない事実である。
法廷の生木嶋を見ると、全体的に太めであるが、ぽっちゃりという表現にも当てはまる。木嶋被告は「(これまで)一度も化粧をしたことがない」というが、少し赤みがかかっているお肌は綺麗だ。それに加え、高くかわいらしい声。ゆっくりと上品そうに喋る話し方。堂々としたお姫様のような態度。「私の法廷にようこそ」。時折傍聴席を眺める(睥睨している?)木嶋被告の態度からは、そんな不思議なオーラさえ感じるものだ。
木嶋被告に熱い視線を送るその多くは女性だ。周囲に傍聴に行ったと話すと、年齢を問わず女たちは食いついてきた。「本当に太ってる?」「え~、いいなあ」「私もナマ木嶋を見たい!」、女たちは正直に木嶋の“欲望”に興味を持ち、熱い視線を送る。“カナエギャル”なる女たちも出現した。その心理もまた、さまざまだ。
「結婚という言葉にコロっと騙される男の心理を知りたい。結婚詐欺って被害者は結婚に焦ってる女というイメージだったのに、今回の事件は逆だったから」
「事件が起きて“セレブブログ”を見た。なぜあんなに欲深いのか。もし人を殺しているなら、そこまでして欲望を叶えた彼女の人生を知りたくなった」
「虚栄心の根源を知りたい」
「木嶋ブログは嘘ばかり。それを見破るのも楽しい。また読みたい!」
「女だったら誰しも上品な洋服は欲しいし、高級レストランにも行ってみたい。バッグやアクセサリーも、そして男にチヤホヤされたい。リッチな生活をしたい。でも現実は違う。それをカナエは実現した。自分の中のコンプレックスを刺激され、心をかき乱された」
「単にミーハーというか、周囲の友達も漠然と興味を持っていて。カナエのことを調べて友人に話すと話が盛り上がる」
「世の中はまだまだ男社会で、犯罪被害者の多くは女性。男は上司で、会社でも威張っている。そんな男たちが木嶋みたいな女に結婚詐欺に遭うのは痛快」
だからなのか、木嶋事件をジェンダーの視点で“解剖”する向きもある。いずれにしても木嶋佳苗という存在を意識していることには違いない。木嶋は「主役は私よ」といわんばかりに公判で振舞った。それはまるで「カナエ・ショー」だった。
木嶋には、人を狂わし、振り回し、人を引き付ける“魔力”でもあるのか。法廷でさえ、木嶋は周囲を翻弄する。その最たる人間が主任検事だった。
主任検事「Uさんと会ってその日にホテルに行っていますね? ほかにも、売春で男性と会ってすぐにセックスしている。それって日常茶飯事なんでしょ?」
木嶋「(沈黙)そういう事もあります」
木嶋「テクニックではなく女性として本来持っている機能が高い、といわれた」
主任検事「じゃ、あなたにとって女性機能ってなに?」
木嶋「……」
感情的、高圧的な質問を繰り返す。被害者遺族の証言を聞いて、裁判員や傍聴席にまでわかるような貰い泣きをし、自らの尋問でも自分の質問に感極まったように声を詰まらせ、涙する。これに対し弁護人も「異議!」と喚起する。検察側、弁護側相互とも、パフォーマンスなのか、本気なのか交錯する法廷。
また裁判長も苛立ち、弁護、検察双方に「冷静に」とたしなめる場面もあった。これらは木嶋が語る「特異な価値観」に対する苛立ちでもあったのだろう。裁判官、検事、そして弁護人も木嶋のいう「特異な価値観」など理解できるはずもない。その苛立ちが法廷に充満する。法廷は木嶋に振り回され、関係者を感情的にさせる。
そして傍聴席もまた例外ではなかった。
公判も20回以上を数えた2月10日、筆者は初めて木嶋裁判を傍聴した。そこには木嶋100日法廷の傍聴を続ける女性記者がいた。彼女は「ナマ佳苗は、生き生きとキレイだった」「なんだ、佳苗、魅力的じゃないの。やばい。既に佳苗に振り回されている」と素直に木嶋に“ヤラれ”たことを傍聴記でも記していた女性だ。その内容から「木嶋を崇拝するカナエギャルの最高峰では」と思い、挨拶をし名刺交換をした。その場は和やかなものだったが、次に傍聴に行った際には様子が何か変だった。
さらに、私が担当した“カナエギャル”についての記事が某雑誌で掲載された日、彼女は突然Twitterで「あたしの見聞きしたものとは違う」「登場する女性ライターは多分私のこと」などと、つぶやいたのだ。もちろん記事に掲載したコメントは彼女からのものではない。掲載媒体の関係上、“ライター”としての彼女にコメントを聞くことはあり得ない。それは何人かの別のライターに聞いたものをまとめたものだった。
しかも彼女のTwitter内容も筆者からいわせれば数々の事実誤認、誤読があった。「ブスの喝采!」「傍聴席はブスファンクラブ状態」なんて記した覚えがないが、しかし、彼女はそう思い込んだらしい。さらに彼女のTwitterには「頭にくる」「詰め寄ってやりたい」といった感情的な記載もあった。こうした仕事をしている以上、批判や反論はあって当然だ。だが前提が違うのだから、まずは彼女の真意を確かめようと、裁判所前で話しかけようと挨拶をした。だが彼女はそれをあっさりと無視した。3回も。
言論には言論という原則をと思い、そのためには目の前にいる本人と話しをしたかった。だが彼女の認識は違ったようだ。後日、「木嶋に関する取材は全て受ける」と豪語していた彼女に、取材の申し込みをサイゾーウーマン編集部からしたが、現在に至るまで返答はない。
筆者の見た彼女は傍聴席でも目立つ“女王様”だった。彼女にとって自分のフィールドに“後から”突然乱入してきたのが筆者だったのかもしれない。何が気に障ったのか、今でもよくわからないが、相当に嫌われたことは確かのようだ。「私の木嶋傍聴なのに途中から来て語らないで」「木嶋裁判は私のもの」そんな強烈な縄張り意識さえ感じてしまう。木嶋は人を感情的にさせるのか――。
木嶋の“女性力”と女性記者の“女子力”がシンクロするさいたま地裁301法廷。法廷では木嶋の「命を賭けた法廷ショー」と、検事の「感情的な罵倒ショー」が、傍聴席では女性記者による「私の傍聴ショー」が繰り広げられていた。これも木嶋事件の特異さを物語るひとつのエピソードである。
(取材・文/神林広恵)
5月18日、本欄筆者による木嶋佳苗の全記録本『木嶋佳苗劇場』(神林広恵・高橋ユキ共編著)が宝島社「宝島ノンフィクション劇場1」から出版される
【バックナンバー】
・第1回前編:女としての自信と”落差”、騙される男たち……木嶋佳苗という女の闇を追う
・第1回後編:「とにかく頭が良かった」中学時代の木嶋佳苗、その異常なる行動力と冷静さ
・第2回前編:“セックス”の意味に揺さぶりをかける、木嶋佳苗の男と金の価値観
・第2回後編:良家の子女の顔と窃盗癖の顔……木嶋佳苗の10代と上京後
・第3回:木嶋佳苗の巨大な欲望の前に打ち砕かれた、男たちの“儚い夢”
・第4回:死刑という“現実”を凌駕した女……裁かれたのは木嶋佳苗の人格か