「蜘蛛と蝶」における、孤独を解消するための肉体関係と共依存の必要性
■今回の官能小説
『蜘蛛と蝶』大沼紀子(『眠らないため息』/幻冬舎より)
人間という生き物は、ある時ふと、世の中からの疎外感を覚えることがある。他人にもたれてようやく呼吸を整えられるほど“誰か”を欲する時期がある。もしその気持ちを表面的にでも共有できるのであれば、何物にも代え難い絆が生まれるのではないだろうか?
「蜘蛛と蝶」の主人公・真帆は、婚約者の和成から遠慮がちに打診された。手首や胸に点在する蝶の入れ墨を消してほしい、と。真帆にとって、それは忌まわしい過去の名残。だからこそ、普段は衣服やバンドエイドで隠していた。もしかしたら、彼女自身もそれを払拭するきっかけを探していたのかもしれない。
過去をリセットするために訪れたタトゥー除去サロンで、その刻印を付けた張本人である敦志と再会した。けれど、あれほど愛した過去の彼とは決定的な違いがあった。見慣れた褐色の腕からは、真帆を虜にした無数の蜘蛛の糸のタトゥーが消えていたのだ。
学生時代、女社会になじめずに孤立していた真帆。八方塞がりでいる真帆を導いてくれたのが、クラブ仲間から紹介された敦志だった。男女間の友情はセックスを介せばすぐに成立する――自暴自棄とも言えるほどのセオリーを確立していた真帆は、出会って間もなく敦志と既成事実を作り、“友情”を結んだ。
敦志に言われるまま、真帆は3匹の蝶を体に埋め込んだ。わずか2センチの3匹の蝶は真帆自身を比喩するようにひらひらと舞い、いとも簡単に敦志が仕掛けた巣にかかった。窒息しそうなほどに強く抱く敦志を感じながら、真帆は生きていると実感し、心の均衡を保っていた。
敦志のアパートに入り浸り、たまに自宅に戻る程度の生活を送っていた二十歳前後。“世間”からはみ出し、それでも世間との関係をつなぎ止めていたのが、真帆の身体に舞う3匹の蝶であり、敦志の体に刻まれた蜘蛛の糸だったのだ。
体を重ね続けると、ふとした錯覚に陥ることがある。この相手は、自分にとって特別な存在ではないか、と。真帆の思惑は第三者によってもろくも一蹴される。敦志には“本命”の存在がいるのだ。
施術を受けつつ数年前に愛した男の指先を感じながら、つい昔をトレースしたい衝動にかられる。
「間違いがあっちゃいけないだろ」
3匹の蝶を消す意味を悟った敦志は、優しく真帆を制するのだ。
不毛な恋。数年間抱き続けていたライバルとの戦いは、あっけなく終わりを告げることになる。意を決し、最後の施術に向かう真帆。するとそこには、敦志が残した最後の答えが待っていた……。
真帆と敦志の間に生まれた、共依存とも言える関係。真帆をこの世に引き止めてくれた敦志は、彼女の“生”を実感させてくれた唯一無二の男。世間に属されていない者同士、捕らわれ、捕らえながら、必死で生きていたのだろう。人は、誰かと関わることで“蝶”となり、蝶を捕らえる“蜘蛛”にもなる。誰かに関わることで、それぞれの関係に捕らわれながら、生かされて行くのだろう。
愛情を友情として処理するときって、結構しんどいよね~
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