ハイテンションなギャクの中に、負の側面が見え隠れする『美少年名言集』
「イケメン」という言葉はカラッとしていて面白くない。淫靡なニオイもなく、直球すぎるのだ。それには、「イケメン」という言葉が持つ概念が広すぎて、「雰囲気イケメン」などもはや「美」を基準にした言葉ではなくなっていること。そして、数年前に流行した「ただしイケメンに限る」のように、自己否定に見せかけた、強烈な自己愛を表す利便性の高い言葉として男性の中で定着してしまったことが根底にあるように思えてならない。
それに比べて、「美少年」という言葉がもらたす響きは圧倒的だ。そもそも「あの子は美少年だね」という会話は、日常ではなかなか耳にしない。人々が「美少年」と共通の認識を持てるのは、ごくわずかな人だけだから。リバー・フェニックスにしろ、エドワード・ファーロングにしろ、美少年の絶頂期は恐ろしいほどに美しい。それは同性さえも魅了してしまうほどであり、その禁忌的イメージを彷彿させる力こそが「美少年」の危うげな一面なのだ。
『美少年名言集』(桂明日香、太田出版)は、そんな美少年の妖しげな魅力を、ギャグでコーティングしたマンガだ。美少年役者「麗椎名(うるわしいな)」が、「俺が必ずお前を心の闇から救い出してやる」「美しさって罪なものだね」など、8つの名言を使う場面を実演するオムニバス集という手の込んだ設定になっている。ハイテンションなギャクが散りばめられて全体的にネタという体裁がとられているが、その実、美少年にまどわされた人々を描くことによって、「美」の奥行きを描いている。
例えば、第1話。椎名は毎日学校帰りに寄る花屋がある。そこには彼がひそかに思いを寄せる園子が働いているのだが、彼は花束を買い、持って帰ることが億劫になっている。なぜなら、椎名の美し過ぎる顔を羨望するあまりに自らの顔に熱した油をかけ、精神的に椎名を支配している姉が待っているから。毎日同じ花屋で買ってくることを問い詰め、徐々に椎名を追い込んでいく姉。そして距離を縮めようとする椎名と園子の頭上に、突如熱せられた油が中華鍋ごと落ちてくる。
姉の狂気が園子を襲うことを回避するために、園子と距離を置こうとする椎名。理由も分からずに避けられていることを気に病む園子は、椎名に告白する。「貴方の顔が好きなんです」と。顔のせいで自分を追いつめる姉、その顔と通して純真な気持ちを持ってくれる園子、そしてすべてを奪おうとする油の入った鍋……。そこで彼はこの名言を放つのだ。
「俺に関わると…やけどするよ?」
この一見笑えないほどのブラックジョークが全編を覆う。シリアスな場面とジョークの落差が大きく、読み手を選ぶ作品となっている。しかし、その落差こそが「美」という言葉隠れた、どす黒い感情なのだ。「美」は見るものを癒やし、無垢にさせ、魅了する。けれどその半面、羨望が嫉妬に変わったり、独占欲が芽生えたり、自己のコンプレックスが露呈することもある。「美」はそれほどまでに他者を圧倒し、惑わし、混乱させる。ギャクという技法を用いなければ昇華できないほどの、どん底のストーリーがそれを浮き彫りにする。どれだけハイテンションなセリフで笑おうとしても、ストーリーの間に潜む闇に目を背けられない。
お手軽な「イケメン」が求められる時代、「美少年」の存在はますます目立たなくなっていくだろう。けれど、その”魔力”に魅せられたら、人生を狂わされるかもしれない。ポップなイケメンが量産されるほどに、実は美少年の価値が底上げされているのだから。
(西園寺のり子)
ヤンデレ系ってこと?
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