カルチャー
[連載]マンガ・日本メイ作劇場第17回

ジブリが映画化しなければ、静かに役目を終えていた『コクリコ坂から』

2012/01/03 11:45
『コクリコ坂から』(佐山哲郎・原作、
高橋千鶴・著、角川書店)

――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。

 自分が何か失敗をしたときとか、「あ、今大事なこと言ってるのに噛んじゃった」というときに、「今、噛んだでしょ?」とか突っ込んでくれる人がいると助かる場合がある。「場が和んだよ、笑ってくれてよかったな」みたいな。逆に、失敗についてわざわざ話を戻したりして突っ込んできて、「放っておいてくれたらよかったのに」という場合もある。「過ぎたことにしてくれれば、あらためて恥をかかずに済んだのに」である。

 マンガ『コクリコ坂から』(角川書店)は後者の代表例だ。なぜ、この作品が特別に、あの、世界のジブリで映画化されてしまったのか。放っておいてくれたなら、今さら話題を集めて、「これが原作?」みたいなおかしな注目を集めずに済んだのに。

 まあひと言で言えば、『コクリコ坂から』は、70年代に量産されたような、どこにでも掃いて捨てるほどあるような、そんな少女マンガのうちのひとつなのだ。少女マンガの主人公って、花背負って無意味に乙女なポーズとってアップになったりするんだね、というのを久しぶりに思い出させてもらった貴重な作品である。

 それにしても、せっかく原作に選んだっていうのに、映画公式サイトで、脚本を担当した宮崎駿氏が、原作について堂々とテンションの低いことを言っていて興味深い。

 あらすじはこうだ。貧乏下宿を切り盛りするしっかり者の海。この、元気でちょっぴりドジっ子で、やる気空回りな感じは、いかにもな70年代の少女漫画の主役である。なのにこの作品は80年発表というのがまたちょっと時代遅れな感じで痛い。

 そして、少女マンガならではの男子キャラたち。なぜか日本人なのに金髪の美術部イケメン、新聞部のおかっぱメガネ、海の切り盛りする下宿に住んでいる真面目風な獣医学生、それからちょっと不良っぽい風間くん。

 だいたいこういうキャラたちは、役どころが決まっているものである。女が憧れるのは美術部イケメン、恋愛対象には絶対ならないおかっぱメガネは情報通、真面目なお兄さんには片思いで、結局恋愛関係に発展するのは不良キャラなのである。もー、出てきた瞬間に展開がわかる絶対安心感。

 その上、この作品が奇をてらわない王道ひとすじで作られている決定打がある。いい雰囲気になった風間くんと海。なんと彼らは異母兄弟だったのだ……! ホント勘弁してくださいというくらい、仲のいいカップルに降りかけてみるこのネタ。当時はまだものめずらしかったのかもしれない。もういいよ、そんな大げさに驚いたり悲しんだりしなくても。どうせそのうち、「やっぱり違いました」とかいう話になるんでしょ?

 それでも登場キャラたちは熱心に悩んだりして、風間くんは「異母兄弟情報」を持ってきたおかっぱメガネを殴り倒したりして校内大げんかまでしちゃってる。熱い、熱いよ君たち。平成も20年も経つと、そんな熱いの、もう流行らないよ。

 この作品は、ジブリさまが映画化なんかしなければ、とうの昔にさっさとお役目を終えて眠りについていたはずだったのだ。なのにいきなりこの世に再び引っ張り出されて、衆目を集めなければならなくなってしまった。「今こそ見たい世界観」でも、「子どものころ、すごくワクワクして読んだ」荒唐無稽な大ロマンスでもなんでもないのに復刊させられたところが、ものすごくメイ惑なメイ作なのである。

 それにしてもさ、他にもっといっぱい、映画化したら面白そうな少女マンガはいっぱいあると思うんだけど……。

■メイ作判定
迷作:名作=9:1

和久井香菜子(わくい・かなこ)
ライター・イラストレーター。女性向けのコラムやエッセイを得意とする一方で、ネットゲーム『養殖中華屋さん』の企画をはじめ、就職系やテニス雑誌、ビジネス本まで、幅広いジャンルで活躍中。 『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。

『コクリコ坂から 』

で、オジサンたちがこぞって不良少年を「昔の俺だ!」と言い張るという……


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最終更新:2014/04/01 11:35
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