子守唄を歌いながら思い出した、10代の自分と子持ちだった彼氏のこと
次男(1歳10カ月)は、『おかあさんといっしょ』(NHK)が大好きである。番組の中でお姉さんやお兄さんが歌ってる歌をうっかり口ずさんでしまおうものなら「おかあさん!! おかあさん!!」と、録画している『おかあさんといっしょ』を見せろと泣きわめいて大変である。そのぐらい好きで好きで仕方がないらしい。
で。先ほど、その「うっかり」を、ついうっかりやらかしてしまった自分である。寝かし付けるために一緒に布団に入ったことに飽きてきた私は、ついうっかり『おかあさんといっしょ』で歌われてる曲「コロンパッ」という歌を口ずさんでしまった。歌い終わって「あっ、しまった……」と気が付いたがもう遅い。丸刈りの小さい後ろ頭を、こちら側に向けたまま次男が、全然寝る気配のない声でつぶやいた。
「……もいっかい」
……まずいことをしでかしてしまった。私は心の中で、激しく舌打ちをした。多分このままだとコイツの気の済むまで、この「コロンパッ」を歌わされるかもしれない。不安は的中した。仕方なくもう一度歌ったら、案の定またしても、はっきりとした声で「……もいっかい」。このままでは壊れたレコードのように延々歌わされるハメになってしまう。こんなことは、今に始まった話ではない。以前も私は、寝かし付けのために「壊れたレコード」と化したことがある。
その時は3歳の長男の寝かし付けに悪戦苦闘していたら「『ゆりかごのうた』を歌って」と言う。それで寝付いてくれるならと思って、優しい声で歌ってあげたら例の「もいっかい」が始まってしまった……。こっちも意地になって「もいっかい」を言われる前に、すかさず何度も「これでもか!!」と繰り返し歌い上げていたら、おもむろに長男が
「マリエちゃん、その歌、好きだねぇ」
と、小馬鹿にしたような声で言いやがった。「オマエが歌えって言うから歌ってんだろうが!!」と、がなりたいのを必死で堪えて「……いや、そんなことないんだけどね」と、大人の対応をとった私。そんな腹の立つ過去があったので、きっと今回も狂ったように歌わされるだろう。予想は見事に的中、そうして何度目かの「コロンパッ」を歌ってる最中に私は、ふと、「19歳の時、自分が生まれて初めて付き合った男」を思い出していた。
その人は私よりも確か16歳くらい年上で、彼と同い年の奥さんがいた。付き合い始めた当初は子どもがいなかったが、1年くらいしてから彼は「奥さんが妊娠したんだよ」という事実を私に告げた。その時、私はどんな態度をとったかというと。
「やだなぁもう、なんにもしてないみたいなふりして、ヤルことヤってんじゃん!!」と、飽きれた顔をしてその事実を笑い飛ばしたのだ。それは「そこらへんのフツーの、不倫してる女と私は違うんだから、一緒にしないでよね、私はそんなことでガタガタ言うよーな、そんなつまんない女じゃないんだから」という自己主張だったのだけど。それなのに、笑ってるそばからボロボロと涙が流れてくるのであった。そして泣きながら「あー、つまんないなぁ、これじゃ私『フツーの女』じゃん」と、情けない気持ちになったのであった。
それからしばらくして、彼から「産まれた」という話を聞いた。奥さんが「出産は大変でもう二度と嫌」と言っていたらしく、私はその話を聞いて「自分は絶対、子どもなんて産みたくない」と思った。赤ん坊が産まれた後も、彼は今まで通り私と付き合っていた。子どもが産まれたからといって、家に早く帰る風でもなかった。赤ん坊の面倒をみるのがどんだけ大変かなんて、もちろん当時の私は全然知らなかった。知りたいとも思わなかった。子どもが産まれた後も、彼に何の変化も感じられなかった。ふたりしてサイテーだった。それから、ちょっとしてから、私はこの人と別れた。
今思えばあの人は。産まれたばかりの赤ん坊の世話を少しはやってたのだろうか? とてもそんなことをしてるふうには見えなかった……見えなかったけど、ちょっとくらいはしてたんだろうか? 聞いたことがないから分からない。今思えばあの人は、こんなふうに、今の私のように。「もいっかい」と子守唄をせがまれて、子どもを寝かし付けたりしたことが彼はあるのだろうか? あったのだろうか?
そんなことを、次男に「コロンパッ」を歌ってやりながら私は考えていた。自分の母親が「昔の男のこと」を思い出しながら子守唄を歌ってるなんて、思いもよらないであろう次男は、ふと気がつけば無言……どうやらようやく寝付いたようである。それにつけても。当時付き合ったその人とは別れたっきり会ってないけど、多分今はもう59歳くらいになってるわけである。あの時産まれた彼の子どもも、もう成人してるのか、なんて考えると、二度びっくり。いやー、時の流れるのって早い。とはいえまぁ、お互い様というか、当時19歳の女が、今じゃもう42歳だもの。しかもバツイチで、子供4人産んでるんだもの、驚くのはきっと、向こうの方だわ。