カルチャー
[連載]マンガ・日本メイ作劇場第12回

萌え要素はそろっていても、使い方を間違えたメイ作『パロスの剣』

2011/07/21 16:00
『パロスの剣』(中公文庫)

――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてきぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史に燦然と輝く「迷」作を、紐解いていきます。

 世の中には、「惜しい!」ということが結構ある。素材はいいのにどうにも太りすぎとか、高学歴高収入なのに気が利かなくて結婚相手としてはダメだとか。あ、全部外見の話になっちゃいましたが。要は「いいもの持ってるのに、活かしきれてない」のである。

 今回ご紹介する『パロスの剣』は、まさにものすごくいい素材をいっぱい持ってるのに、なんだかおかしな方向に突き進んじゃって、「メイ作」の称号を受けることになったメイ誉ある作品である。

 まず作者がすごい。原作は、ファンタジー超大作『グイン・サーガ』の栗本薫。作画はこれまた少女マンガの超大作『キャンディ・キャンディ』を描いた、いがらしゆみこである。この二人がタッグを組んで、出来上がったのがこのメイ作。たいした無駄遣いである。

 そして話の設定もすごい。舞台はファンタジーなので中世風で、女キャラたちは少女マンガが大好きなひらひらドレスを身にまとっている。主人公は中原の国・パロの王女様、エルミニア。彼女は『ガラスの仮面』(美内すずえ、白泉社)の姫川亜弓が大喜びで悩みを分かち合いそうな多毛の金髪娘だが、これまた少女マンガによくあるように、男装の麗人である。

 少女マンガでは、男装の麗人は大人気だ。『ベルサイユのばら』(池田理代子、集英社)をはじめ、男役としても女役としても人気をかっさらうことができる麗人たちは、少女たちの憧れなのだ。だけどこのエルミニアはちょっぴり惜しくて、少女の人気を集めることができなかった。それは彼女が、「男装はしているけど心は女なの」ではなく、「身体は女だけど心は男だぜ」だからだ。

 得てして読み手の少女は、たいていが「男が好き」だ。なのに「男など嫌いだ、女が好きだ」と言われても、「へーえ……」になっちゃって、ぜんぜん共感できない。オスカル様がどんなに強くたって、好きな相手はフェルゼンだのアンドレだの読者も納得の男だからこそ、彼女たちはオスカル様の弱さや苦しみに共感したのだ。

 少女マンガにおいて男装の麗人の意味するところは、女がまだ社会進出を果たしていなかったころ(今だってまだまだだけどな)、女のキャラには与えることができなかった、社会との深い関わりを持たせ、歴史を動かすような大活躍をさせるためだ。だから、そうした活発な行動をとらせる以外に、麗人が男である部分はトンと要らない。余計な部分まで剥奪してしまうと、憧れのはずの麗人は少女たちからは遠くかけ離れた存在になってしまう。すごく強くて頼りになって物知りで優しいけれども、恋に関してはオクテでかわいらしいといったように、読者から近からず遠からずの設定が、男装の麗人の条件なのである。

 それからもうひとつ、少女マンガに大事な要素がある。それは「主人公の不可侵条約」である。少女マンガの主人公は、決して読者が認めた以外の男にレイプされてはいけないのだ(ただし脇役の女ならどんな雑魚キャラにやられてもOK!)。すごいイケメンとか、読者にアピールしまくったかっこいいキャラにならいくらでも襲われていいけど、雑魚キャラにはやられてはいけない。なぜなら、少女たちにとって嫌悪感が強すぎる、そんな現実は辛すぎるからだ。

 なのにエルミニアの想い人である、なにやらボインボインなフィオナはめっちゃくちゃ雑魚キャラの、そこらへんの兵士たちにざっくざっくと襲われてしまう。せっかくの露出シーンなのに、ぜんぜん萌えないどころか、嫌悪感たっぷり。

 もったいないと言えば、エルミニアに寄り添う、『ベルばら』におけるアンドレ的な執事役のユリウス。執事は少女マンガで普遍的に大人気な職業である。エルミニアのために片目を失明しちゃうところなんかも、執事役として完璧。だけど彼が思いを寄せるエルミニアは男が嫌いなので、単なる片思いのかわいそうなやられ役である。もうちょっといい思いをさせてやってもよかったはずだ。その方が読者も萌えたに違いない。

 付け加えて言うならば、エルミニアが「私を剣で負かす男と結婚する」とか言い出して、国を挙げての大剣術大会をコロッセウムで開いている最中に、ガラ空きになった国を敵にのっとられるという、なんだかアホな展開もドラマチックに描かれてて見逃せない。

 というわけで、素材はきっちり揃っているのに、使い方を間違いまくって読者置いてけぼりのメイ作になり下がっちゃった哀れな作品が、この『パロスの剣』なのである。

■メイ作判定
迷作:名作=7:3

和久井香菜子(わくい・かなこ)
ライター・イラストレーター。女性向けのコラムやエッセイを得意とする一方で、ネットゲーム『養殖中華屋さん』の企画をはじめ、就職系やテニス雑誌、ビジネス本まで、幅広いジャンルで活躍中。 『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。

『パロスの剣』

なんか……松平健が出てきそうな物語でした


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最終更新:2014/04/01 11:36
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