「耽美」から「ボーイズラブ」へ! 「JUNE」系とは何だったのか
男性同士の恋愛が描かれたファンタジーを”ボーイズラブ(BL)”と呼ぶのは、もはや周知の事実。そのBL文化が根づく過程で、美しい男性同士の関係が描かれた創作物を”耽美”と呼んだ時代があった。その”耽美”が、一ジャンルとして定着する上で大きな影響力を発揮した雑誌「JUNE(ジュネ)」をご存じだろうか? 1978年にサン出版より「COMIC JUN」として創刊された「JUNE」は(3号から改名)、小説やマンガ、イラストだけでなく、映画、音楽……など、当時のあらゆるカルチャーの”耽美”な部分をクローズアップし、「JUNE」文化を広げてきた。そんな「JUNE」イズムとは、何であったのか。6月26日に米沢嘉博記念図書館で開催された、耽美系文学の確立に貢献した翻訳家・柿沼瑛子氏と、元「JUNE」編集長・佐川俊彦氏によるトークイベント「永遠の6月(JUNE)」の模様をお届けしよう。
■「JUNE」への目覚めと、1970年代のサブカルチャー
柿沼瑛子氏(以下、柿沼) 私が最初に”少年”を意識した作品は、小学校高学年のころに読んだ手塚治虫さんの『ビッグX』でした。主人公の少年の体が巨大化して、”ビッグX”という巨人になるんですけど、大きくなるときに、服が破けるんですよ。その破ける瞬間が、非常に胸に刺さりまして(笑)。手塚さんが描く少年って、ものすごく色っぽいんですよね。今思えば、それが私の「ヰタ・セクスアリス」だったのだと思います。
佐川俊彦氏(以下、佐川) 手塚さんもそうですが、石ノ森章太郎さんの影響も大きかったですよね。「JUNE」で活躍したマンガ家の竹宮恵子さんなども、石ノ森派でした。
柿沼 私にとっては、ある意味、石ノ森さんは手塚さんよりもインパクトが大きかったです。真っ先に思い出されるのは、『ミュータントサブ』。確か、少女マンガ誌で連載されていたんですよ(編注:同作は少年誌、少女マンガ誌など何度も掲載誌を変えた)。当時の少女マンガ誌って、母探し、生き別れになった双子の姉妹が困難を乗り越えて再会する……とか、そういう話が多かったんです。そんな中で、特殊能力を持ったがゆえに孤独になっていく少年を描いた『ミュータントサブ』は、異彩を放っていましたね。初期の石ノ森作品には、「JUNE」の原点があると思います。私たちが大学生の頃は、ちょうど『トーマの心臓』や『ポーの一族』(ともに萩尾望都・作)が連載されていて、佐川くんとはマンガの話ばかりしていたよね(笑)。
佐川 そうですね。僕らが学生だったころは、マンガも小説も音楽も政治も、すべて有機的につながっていましたよね。当時はそれが当たり前だと思っていたけど、今思うとそうじゃないんだなぁと。
柿沼 昔はすべてが一体化していたけど、今はかなり細分化しているものね。私が大学1年生ぐらいのときにヒッピー文化が入ってきて、それに付随してサイケデリックなものやドラッグ文化などが渾然一体となっていました。
佐川 高校生のときはどうでした? ちょうどウィーン少年合唱団人気が全盛期だったんじゃないですか? 「マーガレット」(集英社)などの少女マンガ誌には、少年合唱団のグラビアが載っているのがお約束でしたよね。基本的に初期の「JUNE」や24年組(編注:青池保子、萩尾望都、竹宮恵子、大島弓子、山岸凉子ら昭和24年頃の生まれで、1970年代に革新的な少女マンガを発表した女性マンガ家たちを指す)も、少年合唱団由来の中性的な少年のキャラが多かったでしょ。
柿沼 私はクラシック少女だったけど、少年合唱団はダメだったの。あんまり興味なかった。当時はキリアンくんっていう子がすごい人気でしたよ。
■”耽美”に影響を与えたものたち
柿沼 当時の「JUNE」系マンガにあったホモ・エロ要素は、ロックからヒントを得たものが非常に多かったと思います。
佐川 そうですね。70年代は、デヴィッド・ボウイやクイーンの影響が大きかった。あと、JAPANね。「JUNE」でもそのあたりのロックバンドやシンガーを載せるのが当たり前でした。
柿沼 当時のデヴィッド・ボウイは本当に美しかったものね。大島弓子さんのマンガにもデヴィッド・ボウイをモデルにしたであろうキャラが頻繁に出てきました。あとJAPANのデヴィッド・シルヴィアン。彼は今見ても美しい! 中性的なカリスマがありました。たぶん日本のビジュアル系バンドって、JAPANがいなかったら存在していなかったと思います。
佐川 デヴィッド・シルヴィアンのような、女性と男性の美しさをいいとこ取りした少年が、当時の「JUNE」系美少年だったのだと思います。美しく、且つ男らしい……みたいな。
柿沼 フレディ・マーキュリーも美しいんだけど、あそこまでゲイっぽくなっちゃうとね、ちょっと違うのよね。
佐川 85年には、「JUNE」で柿沼さんの「洋書ガイド」の連載が始まりました。
柿沼 昔はゲイの文学ってポルノみたいなものしかなかったんです。そんな中で、メインストリームの小説で、文学として初めて認められたのが、エドマンド・ホワイトやアンドリュー・ホラーランなど。エドマンド・ホワイトなら『ある少年の物語』とか。
佐川 同時期に、美青年ブームの火付け役となった『アナザーカントリー』や、『モーリス』など、男性同士の恋愛を描いた映画が流行りましたね。大手出版社の映画誌でも、英国美青年特集などが掲載されるようになって。それ以前は、「JUNE」でしかやってなかったんですけど(笑)。
柿沼 ちょっと話変わっちゃうんだけど、ドラマの『相棒』って見てる? あれ、ゲイやレズビアンのトランスフェクションの宝庫なの! 2ndシーズンの18話「ピルイーター」がスゴいのよ。大河内っていう隠れゲイが出てきてね、自分の恋人が死んだり、事件に巻き込まれるの。そこで大河内が水谷豊演じる杉下右京に言う、「男を愛するのは罪ですか?」っていうセリフを聞いて、”『相棒』はスゴいぞ!!”って思った(笑)。
■”耽美”から”ボーイズラブ”へ
柿沼 ”受けと攻め”の発想って、いつから出てきたんでしょう? 私はずっと二次元を愛してきて、ジャニーズタレントが出てくるまでテレビはほとんど見ていなかったんです。ジャニタレで三次元にも触れるようにはなったけど、カップリングして妄想するっていうのは、意外とやらないんですよね。
佐川 それは別にしなくてもいいんじゃないですか(笑)? ”受けと攻め”って、僕は「JUNE」以降に出てきた大発明だと思うんですよ。24年組は、意識的にキャラをそういう風に分けてはいませんでした。”受けと攻め”で分けるようになって以降、耽美がBLになったのではないでしょうか。僕にはそういう発想がなかったですね。”受けと攻め”って読み手が自分で選べるじゃないですか。それがすごいところだなと思います。
柿沼 昔は、たとえ片方が死んしまっても、心が結ばれることが「JUNE」の究極だと思っていましたけど、今は結ばれなくてもいいやと思うようになりました。ずっと関係が持てていれば、それでいいんじゃないかと。実写映画版の『のだめカンタービレ』を見ていて思ったんですけど、のだめと千秋の関係性ってすごく「JUNE」っぽいんですよね。単に恋愛どうこうではなく、性別を飛び越えて魂がぶつかり合っているというか。「JUNE」って、性別は関係ないんですよ。
佐川 ”結ばれる”って、「JUNE」的にはどういうことなんでしょうかね?
柿沼 私は、お互いに理解できること・理解し合えることだと思う。私ね、閉経してからHシーンに興味がなくなったの。それよりも美しさや2人の関係性を重視するようになりましたね。やっぱり、美しいものは素晴らしい。美しいもの・人がいるから、生きる気力が湧いてくるでしょ?(笑)。よく、「どんなに好きでも『JUNE』の世界に安住しちゃいけない」と言われるんですけど、安住して何が悪いんですか? 美しいものが好きで夢見ていたって、誰にも迷惑かけずにちゃんと社会生活を送っているんだから。そうやって、安住できるものがあるのは、幸せなことだと思いますよ。
柿沼瑛子(かきぬま・えいこ)
翻訳家。ゲイ文学研究の第一人者として知られており、書評も数多く手がける。『耽美小説・ゲイ文学ブックガイド』(共著/白夜書房)、『魔性の森』(徳間書店)、『本は男よりおもしろい』、『本は男より役に立つ』(共著/社会思想社)など、著書も多数。
佐川俊彦(さがわ・としひこ)
編集者。ライター。京都精華大学マンガ学部准教授。学生時代に”JUNE(ジュネ)系”の語源となった雑誌『JUNE』、『小説JUNE』を企画・創刊。現在、『月刊COMICリュウ』スタッフ。著書に『漫画力』(マガジン・マガジン)などがある。柿沼とは早稲田大学のサークル「ワセダミステリクラブ 」で出会う(柿沼が一年先輩)。
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