“少女”マンガのおける恋愛描写の見本は『好きしか知らない』に限る!
――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてきぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史に燦然と輝く「迷」作を、紐解いていきます。
少女マンガの基本は「恋愛」だ。女と女の恋愛は最近こそ光が当たり始めたものの、基本的には男女や男男モノの恋愛模様を描いて、少女マンガは成り立っている。そこで行われる、いいことやちょっぴり悪いこと(少女マンガにはすごく悪いことは描かれない)を疑似体験して、大人になっていくのだ。
『好きしか知らない』(宮川匡代、集英社)は、タイトルからしても少女マンガとして絶対間違いがない感じ。もしこれがミステリーだったらどうだろう。証拠に挙がってるのは「好き」だけだった……とか? スポ根だったら「好き」という競技にのめり込んでる主人公のお話? だったら意表を突いていて面白いのだが、この作品は読んで字のごとく、真っすぐ一本槍の恋愛マンガである。
主人公の菜子は、小学生のころから悠(はるか)くんのことが好きだった。しかし悠くんには志穂という、とってもかわいそうな女子がくっ付いていて、うまくいきそうにない。そのため家庭教師の聖美(きよみ)先生と付き合ってみたりして、でもやっぱり悠くんと菜子は想い合っちゃってて、単行本全3巻、「好き」の話しか出てこない脳みそピンクな話である。
この、登場する男子たちがすごい。聖美先生は、大学生というお盛んな年齢をフル活用して、風呂屋の番台に座り、教え子の菜子に「自分を男として意識してくれ」などと言い、いやがられても何度もキスにトライ。夏になれば長野に2泊もしようなどと言い出す。どんだけサカってるんだ、埴輪大の法学生よ。学問だけではなく、恋の家庭教師までするつもりか。
そして聖美先生は悠の家庭教師もしており、二人で男同士の話とか、菜子の話とかしているらしい。男同士で菜子の話って、ホントーに聞きたくないような話に違いない。そして悠もすごい。人けのない学校の屋上で、男友達に「恋愛感情ぬきだけどやりたい子」と「側にいても、やれないくせに忘れられない子」とどっちがいい? などといかがわしい質問をしたかと思えば、泣いている菜子に向かって、「したくなるだろ」などと大カミングアウト。そうか、おまえは泣いてる女に欲情するか。「お前と二人っきりになると、自分が男だって意識させられる」などと、また欲望に素直な意見をお吐きになる。
. …..と、思ってしまうこのくだり、よーく読んでみると話が違うらしい。「恋愛感情ぬきだけど、<なんでもして>やりたい子」だった。なーんだ。「なんでもして」が入るだけで、意味が全然違うのな。その上「側にいても、やれないくせに」ではなく「側にいてやれない」=「側にいてあげられない」という意味だったらしい。ああ大人になると、いろんなことが黒くなっちゃって……。
そして「したくなるだろ」などとぶっちゃけちゃって、泣いてる女に向かって一人サカってるのかと思えば、次のページをめくってみると、「やさしくしたくなるだろ」がフルセンテンスだったことが分かる。やりたくなるんじゃなくて、優しくしたくなるのか! どんな教育受けてきたんだ、悠よ。リアルではあまり聞いたことのないフレーズである。「やさしくしたくなる」。うーん。
この作品に登場する男たちは、男同士で集ったところで下ネタのひとつもせず、いつでもパンツの中はスッキリ涼しい風が吹いている。草食系男子がメエメエ大合唱しているような、のどかな話なのだ。聖美先生のあの大胆な行動から見ると、「セクハラ」という言葉はまだこの作品が発表された時代には存在しなかったようだ。……と思って初出年を見てみると、1990年初め。なんだ、そんなに古くねーじゃん。
女にとって本当に恋愛がシビアになるのは、セックスが絡んだ時だ。そこがすっぽり抜け落ちただけで、男子はこのように優しくなれる。女が泣いても笑っても、サカりもせず逃げもせず、チヤホヤと愛情を注いでくれるのだ。少女マンガに登場する男子は、こうしたヤギさん草食系が主役格のいい役を与えられることが多いんだけど、こういうのばっかり読んで育った女は、間違いなく扱いがめんどくせえんだろうな。
■メイ作判定
迷作:名作=7:3
和久井香菜子(わくい・かなこ)
ライター・イラストレーター。少女向けのコラムやエッセイを得意とする一方で、ネットゲーム『養殖中華屋さん』の企画をはじめ、就職系やテニス雑誌、ビジネス本まで、幅広いジャンルで活躍中。 『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。
モサヨ先生、大分絵が上達したような……
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