歌舞伎を舞台に『ぴんとこな』が描く、”努力”以外のスポ根像
――幼いころに夢中になって読んでいた少女まんが。一時期離れてしまったがゆえに、今さら読むべき作品すら分からないまんが難民たちに、女子まんが研究家・小田真琴が”正しき女子まんが道”を指南します!
<今回紹介する女子まんが>
嶋木あこ『ぴんとこな』1~3巻
小学館/420円
少女マンガにおけるスポ根の一形態として「バックステージもの」があります。『ガラスの仮面』を筆頭に、宝塚をモデルとした藤田和子/氷室冴子『ライジング!』(小学館)など名作には事欠きません。歌舞伎を舞台とした嶋木あこ先生の『ぴんとこな』は、それら名作に比肩し得るポテンシャルを秘めた久々のイチオシ作品であります。
歌舞伎を描いたマンガと言えば、近年ではたなか亜希夫/デビッド・宮原両先生による『かぶく者』(講談社)がありました。非常に読み応えのある力作ではあったのですが、誠に残念ながらおそらくは打ち切りのような形で、歌舞伎座とともに昨年姿を消しました。入れ替わるようにして「Cheese!」(小学館)誌に登場したのが本作であります。
主人公は2人の男子。名門、木嶋屋の御曹司・河村恭之助と、門閥外(歌舞伎の家の出身でないこと)で修行中の澤山一弥。言うなれば姫川亜弓と北島マヤといった風情ですが、ところがこの姫川亜弓はさっぱりやる気がないのでした。1巻は恭之助のこんなモノローグで幕を開けます。
「重要なのはルックスだよな あと血筋? まぁ 俺のファンなんてそんなモノか どうでもいいけど早く帰りてぇ…(ほげぇ…)」
ちなみにこのとき恭之助は舞台の上で演技の真っ最中。その腑抜けた演技をファンがまた絶賛するものだから、恭之助はますます増長するのでした。
一方、北島マヤの立ち位置にある一弥は、非常に努力型。成長著しい若手の有望株ですが、しかしマヤのような幸運もなく、そして何より家柄がありません。そこで降って湧いたように持ち上がる、師匠の娘・澤山優奈との結婚話。幸い優奈は一弥に惹かれている様子。優奈と結婚すれば、一弥は御曹司たちと同等のポジションを手に入れることができる……。
しかし一弥には小学校生の頃からの想い人がいました。一弥を歌舞伎の世界へ引き込んだ無類の歌舞伎好き・千葉あやめです。わけあって今はお互いの消息を知らない2人ですが、なんとあやめは恭之助と同じ学校に通う同級生でありました。歌舞伎によって導かれるように巡り会う恭之助とあやめ。そしてあやめと再会を果たした一弥。こうして1人の女性をめぐる、2人の若き役者の戦いの幕が切って落とされたのであります。
……といった物語はとてもシンプル。だからこそこうして粗筋を読んでいるだけでも「あ、面白そうだな」と直感的に思えるお話でもあります。だけど本作は、そればかりではありません。
たとえば、近年の女子マンガ界におけるスポ根の代表作『ちはやふる』(講談社)の主人公・千早は、徹底した努力主義者であり、また努力の力を全面的に信じています(または「信じようとしています」)。だからこそ『ちはやふる』は突き抜けて圧倒的に力強い作品となり得たわけですが、一方『ぴんとこな』には「努力ではいかんともしがたい領域」に数多くの紙幅が割かれています。家柄はもちろん、役者としての華や色気……。それらは、例えば一弥が愛してもいない優奈を抱くことで手に入れようとするものであり、また、たまさか練習がうまく行った恭之助がちょっと調子に乗っただけで周囲に発散される類のものであるのです。
1巻では主に恭之助が、2巻では一弥が描かれ、3巻で2人の物語は本格的に動き始めます。3巻P.171、恭之助がこれまでの怠慢を恥じ、お客さんに向かって心の中で「ただいま」「俺 帰ってきたよ」とつぶやくシーンは非常に感動的です。さて、一読してあなたは、恭之助と一弥と、どちらに強く思い入れするのでしょうか? 今後ますます面白くなるであろうこのマンガ、今のうちにぜひ楽しんで、そうして周囲にオススメしてください。
小田真琴(おだ・まこと)
1977年生まれ。少女マンガ(特に『ガラスの仮面』)をこよなく愛する32歳。自宅の6畳間にはIKEAで購入した本棚14棹が所狭しと並び、その8割が少女マンガで埋め尽くされている(しかも作家名50音順に並べられている)。もっとも敬愛するマンガ家はくらもちふさこ先生。
『ぴんとこな 1 (Cheeseフラワーコミックス) [コミック]』
色使いが素敵わ~
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