浮世離れしたメガネに油断。男の性欲を舐めてしまった、戦慄の1日
「このバス、女子医大の方まで行きますか?」
10年ほど前の夏。猛暑の最中、新宿のバス停で「練馬車庫」行きを待っていると背後から声をかけられた。振り返ると22、3歳の大学生らしき青年。ボサボサの髪に、さえないカーキ色のTシャツと半端な丈のズボン。痩せ型でメガネをかけているところが知的と言えないこともないが、なんだか異様なオーラを放っている。そのオーラは「厭世的なゆるさ」とでも言うべきか、私の通う大学にも少なからずいる「多留生(複数年度にわたり留年する学生)」と同種のそれだった。
「ああ、待っていれば来ると思いますよ」
「女子医大前」は私の乗るバスとは方向の違う路線の停留所である。このバス停は複数路線に乗り入れているので、間違えやすい。ごく普通に受け答えをすると、メガネ君はさらに話しかけてきた。
「お姉さんは、どちらまでですか」
「ああ、今度の『練馬車庫』行きに乗るんですけど……」
「じゃあ別ですね」
「はあ」
後から思えば妙な会話だが、メガネ君の淡々とした口調に下心があるとは思えず、また暑さで若干朦朧としていたのもあってこちらも素直に答えたのだった。そうこうするうちに「練馬車庫」行きのバスが到着した。料金を払って乗り込むと、なんと別方向に行くはずの彼も一緒に乗ってきた。
吊革につかまり立っている私の隣に、ちょこんとたたずむメガネ君。その様子はいたって自然で、他の乗客からすれば私と彼は友人同士に見えるに違いない。
「どこで降りるんですか?」
「早稲田のあたりですよ」
「そこに住んでるんですか?」
「まあそうですけど……」
「大学生ですか?」
「はい……」
決して会話は弾んでいない。だが、彼独特の余裕ある話し方が、互いのコミュニケーションが良好であるかのように思わせる。
「これから何するんですか?」
「何って、家に帰るだけですけど」
15分ほどで自宅に近いバス停に到着し、下車すると当然のように彼もついてくる。これはおかしい、とようやく気づいた私は半笑いで彼に尋ねた。
「え、どうしたの? そもそも女子医大の方に行きたかったんじゃ……」
「どんな家に住んでるか、見てみたくなって」
うーん、と悩む私。あくまでメガネ君は物腰柔らかく、こちらに危害を加えるつもりはなさそうだ。声を荒げて逃げるというのも疲れるし、家に連れて行って適当にあしらっていれば、そのうち飽きて帰るだろう。私はメガネ君を、当時男と同棲していたアパートに連れて行くことにした。
部屋に入るなり、メガネ君はテレビをつけて畳の上に座り込み、我が家のようにくつろぎ始めた。
「いやぁ、やっぱり畳はいいね」
なんなんだ、コイツ? そう思いつつも、私は私でこの奇妙な訪問者に麦茶を出しているのであった。するとメガネ君は麦茶に手もつけずに言った。
「ねぇ、何かないの? こう……エロいこととかさぁ」
私は意外な発言に驚いた。いや、普通に考えれば部屋に男を招き入れたわけだからそういう発想は意外でもなんでもないが、世俗からかけ離れた感のあるメガネ君の風貌やこれまでの会話から、そういうことになるとは1ミリも予想していなかったのだった。
「え、エロねえ……」
「お姉さん、おっぱい大きいよね。ちょっと触らせてよ」
なんと言ったらいいのだろう。親戚の、こないだまで鼻を垂らしてセミを追いかけてたようなガキがオナニーしている現場を目撃してしまったときのような、会社では仕事一辺倒の真面目人間である係長のピンサロ通いが発覚したときのような、そんな戸惑いが脳を駆け巡る。メガネ君とエロ、エロとメガネ君……。結びつかない二つの要素を必死で論理的に繋げようとしているうちに、メガネ君は私の乳にむしゃぶりついてきた。
「ねえ、いいでしょ? セックスしよう」
ああ、そうか。彼も他の男と同じように、セックスしたいとか思うんだ……。ここは目の前の事実に素直に従うことにする。だが、さすがに男と同棲中の部屋でセックスするわけにはいかない。私はすかさず答えた。
「ゴム、ゴムないから。口でいいかな」
口でならいいのかよ! と脳内で自分にツッコミを入れる。別に「ダメッ!」と突き飛ばしたって構わないとは思うのだが、すでにノーガードで乳を晒してしまっている以上、こちらもある程度は責任取らざるを得まい。幸い、彼のモノは太さも長さも並サイズで、思わず欲しくなっちゃうようなシロモノではなかった。腑に落ちない心持ちのままご奉仕し、無事フィニッシュへと導いた。
出すものを出すと間もなくして、彼はすんなりと帰っていった。ホッとした私は、何事もなかったようにいつも通り夕飯の支度を始めたのだった。
――そんなことを、つい最近思い出して戦慄した。見知らぬ男を家に上げ、あろうことかお口のご奉仕までしたとは……。乱暴された上、殺されてもまったく不思議ではないシチュエーションである。メガネ君にしても、あんなナンパのやり方で本当にヤレると思ったのか(結果、なんだかんだで成功したわけだが)。
そして何より恐ろしいのは、この出来事を10年近くすっかり忘れていたことである。もしかしたらあれは全て、夏の暑さが見せた白昼夢だったのかもしれない。
ドルショック竹下(どるしょっく・たけした)
体験漫画家。『エロス番外地』(「漫画実話ナックルズ」/ミリオン出版)、『おとなり裁判ショー!!』(「ご近所スキャンダル」/竹書房)好評連載中。近著に「セックス・ダイエット」(ミリオン出版)。
狙い過ぎてもイヤなんだけど、浮世離れもちょっとねぇ……
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