カルチャー
[連載]まんが難民に捧ぐ、「女子まんが学入門」第18回

リアリティーを捨て感情を獲得した、『ちくたくぼんぼん』のファンタジー性

2011/02/05 21:00
『ちくたくぼんぼん』(集英社)

――幼いころに夢中になって読んでいた少女まんが。一時期離れてしまったがゆえに、今さら読むべき作品すら分からないまんが難民たちに、女子まんが研究家・小田真琴が”正しき女子まんが道”を指南します!

<今回紹介する女子まんが>
勝田文『ちくたくぼんぼん』1~2巻
集英社/440円

 わたしたちから「初恋」という言葉が失われて、もうどれだけの時が流れたことでしょう。あの甘美。あの陶酔。恋愛が生活の最優先事項だったあの頃の、ジェットコースターのような多幸感と驚き。その驚きは恋の対象よりも、そこに一喜一憂する自分自身の感情に対してであったはずです。

 そんな初恋の「驚き」を今ですら追体験させてくれるのが、勝田文先生のマンガであります。現在「コーラス」(集英社)誌にて連載中の『ちくたくぼんぼん』は、先生久々の長編作品。昭和初期に生きる少女の目を通じて、新しいモノに溢れた東京と、そしていつの時代も変わらぬ男女の恋模様とを描きます。

 主人公・イワは1人上京して、かつて女優であった叔母のもとで女中奉公の真っ最中。田舎の祖父に「善行に励め!!」と言われ、馬鹿正直にその言いつけを守り続けている、なんともストレートなメンタリティーの持ち主です。おかげで周囲の都会人からは、からかわれっぱなしなのですが。

 星が舞う勝田先生の華やかで好ましい絵は、慣れない都会で暮らすイワの「驚き」を鮮やかに表現しています。道端でコウモリを拾ったときの驚き、近所の小説家の吸血鬼の話を信じこんでしまったときの驚き、後にイワにちょっかいを出すこととなる男子・三五と出会いのシーンでの驚き、満開の桜を見たときの驚き……。その顔にはカラー原稿かと見紛うほどの、彩りある表情が浮かんでいます。

 どだい今日、正統派の少女マンガを描こうとすることが困難であるのです。確かに『君に届け』や『ストロボ・エッジ』はすぐれた少女マンガ作品ではありますが、サイゾーウーマン世代ともなるとさすがにやや恥ずかしい面もありましょう。ならどうすればいいのか。もうわたしたちには少女マンガは読むなってことでしょうか。

 そうした中で勝田先生は仕掛けを施したわけです。それがまず第一に時代を昭和初期としたことと、そして第二に主人公を田舎出身の素朴な少女としたことです。なんということでしょう、当たり前のようにスマートフォンを操り、物心ついた頃から東京的な物欲文化の中で育ってきたわたしたちとは、何もかもが正反対ではありませんか。

 正反対だからこそイワに対して生々しいリアリティーは求められません。おかげで読者は細かいことを気にせずにすみます。そして思う存分、その感情に寄り添うことができる。つまりささやかなファンタジー空間が、本作には創出されているわけです。この読者と作品との関係性は、BLにもやや似ています。女子が男子同士の、自分とはまったく無関係の恋模様を眺め、そして楽しみ、だけど感情は移入し得るという、「いいとこ取り」の距離感であるのです。

 大きな起伏のない勝田先生の物語は、その分だけ慈しむように丁寧な描写と、お得意のダメ男をはじめとした魅力的なキャラクターに満ち満ちています。1巻のカバーでレトロな掛け時計を大事そうに抱き抱えるイワと、手のひらのスマートフォンから想い人へとメールを飛ばすわたしたちとは、決して隔絶した存在ではありません。マンガの力でわたしたちは何度でも、初恋だってすることができるのです。

小田真琴(おだ・まこと)
1977年生まれ。少女マンガ(特に『ガラスの仮面』)をこよなく愛する32歳。自宅の6畳間にはIKEAで購入した本棚14棹が所狭しと並び、その8割が少女マンガで埋め尽くされている(しかも作家名50音順に並べられている)。もっとも敬愛するマンガ家はくらもちふさこ先生。

『ちくたくぼんぼん 1』

ドキュメントよりリアルなもんもあるのよ


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最終更新:2014/04/01 11:39
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