パンツで××したり、●●で街中歩いたり……伝説のマンガ『げっちゅー』
――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてきぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史に燦然と輝く「迷」作を、紐解いていきます。
少女マンガを読んでいる読者の9割は、なんの特技もない平凡な女子のはずだ。そして平凡な女子に与えられる出会いというのは、通常、平凡な男子である。お顔も頭も普通の女子なら、お顔も頭も普通の男子があてがわれるのだ。
お顔も頭も普通の男子ですら、自分にぞっこんで尽くしてくれたら、女は落ちる。女はとにかく「男のオンリーワン」になりたいのだ。だけどそれが、「超人気アイドルが自分にぞっこん、オンリーワンになってくれ」たら? もー死にそうに夢の中のはずである。とまあ、『げっちゅー』は、超人気ミュージシャン・SHINに処女を捧げると決めた、女子高生・安俚のハッピーな物語である。
処女を捧げると決めて、偶然出会ったSHINと一夜を過ごしてみたけれど、もしかしたら偽物かもしれないという疑惑が出てきて、「彼は本物?」「それとも偽物?」で1巻が費やされる。ここで読者の予想としては、1.本物(王道パターン)、2.偽物だけど訳あり(実は兄弟とか)で、3.ただの詐欺師、は確実にラインに上がらない。だけど現実に同じようなことが起こったら、まず3でしょうね。それでも、「万が一」を信じる女がいるから、似たような詐欺が先日ニュースになってましたが、そんな犯罪も可能なのだ。痛々しい女の妄想を上手く利用したもんだ。
女の妄想といえば、少女マンガでは、よくヒーローが主人公に向かって「変わった女だな」と褒めることがある。これは「個性的で他の女とは違う(=だから浮気はしない)」という意味。少女マンガ界では、どんなにつまんない女でも「変わってるな」と言ってもらえている。うらやましいです。
しかし安俚の場合はほんとうに変わっているので、読者もびっくりだ。どのくらい変わっているかというと、いきなり第1巻の冒頭で、人のパンツの匂い嗅ぎながら女子トイレで一人エッチ始めるくらい。奔放というかサカってるのにも程がある。処女なのに。
SHINと安俚ふたりの話が回り出すと、こんな風に展開し始める。「まずエッチ」「問題が起こって安俚が悲しんだり怒ったりして」「問題が解決してエッチして終わり」である。このふたり、ふだん服を着てる時間の方が短かそうだ。だいたい身内の性生活って知りたくもないもんだけど、SHINは姉(兼マネジャー)に最中を見られるのをなんとも思わないらしく、ところ構わず元気に服を脱ぎまくり、最中に姉と歓談する。あの、ひとつ質問なんですが、違うこと考えてて萎えたりしないものなんでしょうか? 男性的には(物語的にはなにが起こってもしっかり屹立なさってるようですが。男性は憧れそうですね、このくらい勢いがあるのって)。
『げっちゅー』と言えば伝説のシーンがある。「セックス中に膣痙攣で抜けなくなり、病院にいくために、駅弁しながら街を走る」だ。さすが「SHINに処女を捧げた」女・安俚、恥ずかしいとか死にたいとかではなく、「SHINと繋がったままこんな街を歩くなんて 頭がフットーしそうだよっっ」と興奮材料にしてる。いやあ、アンタやっぱり「変わってる」よ。しかし物語の初っぱなが女のパンツ嗅ぎ一人エッチだったもので、正直言ってこのシーンがそれほど突出していないから、『げっちゅー』は恐ろしい。
少女マンガで、セックスが重大なものでも大切なものでも、アンニュイなものでもなくて、ただただカラリと明るく描かれる作品は、あんまりない。だって、それじゃあ読者の共感を得るのが難しいから。
じゃあどうすればカラリと明るいセックスが読者に受け入れられるかというと、その他の部分に、女のツボをつくエッセンスをドバドバとぶっかければいいのである。それが超人気ミュージシャンが相手であったり、その彼がなんの根拠もな(いように読者には見えますが)く安俚一筋浮気なし、というハッピーな設定なのである。
こういう話は間違いなくフィクションだという覚悟を持って見るなら、お薦めの漫画である。間違ってもちらりと「私もこんな」とか期待しちゃいそうな女子は読まないこと。犯罪に巻き込まれちゃうからね。
■メイ作判定
名作:迷作=2:8
(文・イラスト=和久井香菜子)
※作品名にはハートマークが付きますが、環境依存文字のため割愛しています。
和久井香菜子(わくい・かなこ)
ライター・イラストレーター。少女向けのコラムやエッセイを得意とする一方で、ネットゲーム『養殖中華屋さん』の企画をはじめ、就職系やテニス雑誌、ビジネス本まで、幅広いジャンルで活躍中。 『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。
誰もが目を疑った、伝説のシーンをご堪能ください
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