これまでは壮大なフリ? 『町でうわさの天狗の子』最新刊で「萌え」が大爆発
――幼いころに夢中になって読んでいた少女まんが。一時期離れてしまったがゆえに、今さら読むべき作品すら分からないまんが難民たちに、女子まんが研究家・小田真琴が”正しき女子まんが道”を指南します!
<今回紹介する女子まんが>
岩本ナオ『町でうわさの天狗の子』1~7巻
小学館/各410~420円
壮大な前フリを経て、ついに『町でうわさの天狗の子』がそのポテンシャルを発揮し始めました。先ごろ発売された最新巻、7巻から溢れ出す「萌え」の奔流ときたら! 本作は岩本ナオ先生初の長編作品。2007年の夏に連載が始まってすでに3年と数カ月、2009年の『このマンガがすごい! オンナ編』(宝島社)では5位にランクインもした、堂々たるヒット作であります。
主人公はメロンパンをこよなく愛する刑部秋姫。中学時代から想いを寄せ続けてきたタケルくんと同じ高校に進学することが決まり、春からはどっきどきの新生活がスタート☆ とだけ書くとまったく普通の学園ものに見えなくもないですが、タイトルにもあるとおり秋姫は「天狗の子」であるという設定なのでした。俗世にかまけず、もっと天狗の修行をちゃんとするように、と周囲からはお説教されながらも、できる限り普通の女の子でいたいと願う秋姫。だがしかしその外見からは想像もつかないような怪力の持ち主で、また並外れた大食いであることを隠しきれない「天狗の子」ではあります。
そんな秋姫と兄妹同然に育てられた、天狗修行中の瞬ちゃん。高校には彼もまた、秋姫のお目付け役として入学してきます。この作品、どこをどう読んでも本命は最初から秋姫と瞬ちゃんのペアなのですが、1巻から4巻までは秋姫とタケルくんの惚れた腫れたを描き続け、しかもキスシーンすらないという禁欲ぶりです。
肝心の瞬ちゃんは、無口で表情に乏しく、いまいち何を考えているのかがよく分からないクール系男子キャラ(くらもちふさこ作品によく登場するアレです)。作中瞬ちゃんの内面を語るモノローグはほとんど登場せず、また肝心のシーンではなぜか彼の表情が描かれません。たとえば1巻のP.92、仲良しのミドリちゃんが山道で行方不明になって、困った秋姫が泣きながら瞬ちゃんに抱きついたシーンでは、瞬ちゃんは天狗の面をかぶっており、その表情を窺うことはできません。2巻P.116、みんなで写真を撮りたいという他愛もない理由で瞬ちゃんの元に駆けつける途中、うっかり池に落ちた秋姫を引き上げる彼の顔もまた、背後から描かれているため見ることはできません。
こうした抑制の利いた表現を積み重ねた結果、近巻での大爆発が起こりました。ネタバレになりますので詳しくは書けないのですが、6巻P.33の瞬ちゃんのカーディガンの裾をつかむ秋姫と、その瞬間の瞬ちゃんの表情! 7巻P.32の「瞬ちゃんがほかのチョコ食べないならあげる」!! P.66~67(なんと見開き裁ち落とし!)の「お前の分が14個だ」!!! 思わず興奮してしまいました。未読の方にはさっぱりご理解いただけず大変申し訳ないのですが、こればかりは「読んでください」としか言えません。
近年の学園モノとしては話題作『君に届け』(椎名軽穂、集英社)に勝るとも劣らない胸キュン力。加えて「天狗」という「すこし不思議」なSF/ファンタジー要素もある分だけ世界観は広く、また物語にも幅があり、そして笑いも生まれます。ごくごく普通の女子高生の日常に、「天狗」という異物を自然となじませた岩本先生の筆力は「お見事」の一言。『雨無村役場産業課兼観光係』(小学館)でも、編集者のオーダーによりBL要素を無理やり融合させることに成功した岩本先生は、物語を壊すことなくまったく異質な要素を組み合わせ、そればかりかますます面白く仕上げてしまう、絶妙のバランス感覚の持ち主であると言えましょう。「お前らもう付き合っちゃえよ~」などと茶々を入れながら、どうぞ楽しくお読みください。
小田真琴(おだ・まこと)
1977年生まれ。少女マンガ(特に『ガラスの仮面』)をこよなく愛する32歳。自宅の6畳間にはIKEAで購入した本棚14棹が所狭しと並び、その8割が少女マンガで埋め尽くされている(しかも作家名50音順に並べられている)。もっとも敬愛するマンガ家はくらもちふさこ先生。
秋の夜長は「萌え」で温まりたいんです
【この記事を読んだ人はこんな記事も読んでます】
・「笑い」という推進力を持つ”ネオ少女漫画”『海月姫』
・「すこし不思議」な世界での友情が味わい深い『第七女子会彷徨』
・『パティスリーMON』を支える、甘い恋愛ストーリーと”現場”のリアリティ