深すぎる愛がゆえ、他の街をサゲる『高円寺 東京新女子街』
30代以上の人にとっては、未だにサブカルイメージの根強いJR中央線。その沿線の中でも独特な雰囲気を放つ”高円寺”の研究本『高円寺 東京新女子街』(三浦展+SML著/洋泉社)が発売となった。高円寺在住の筆者は、そのピンクのかわいい装丁とタイトルから、ガーリーなお店がたくさん紹介されたカフェ本のようなものと誤解して跳び付く様に購入。だが実際は、街の構造や歴史、住民の傾向などについて、グラフを多様し独自の都市論を展開するという、少々マニアックな内容だ。
著者の三浦展氏は、新書『下流社会 新たな階層集団の出現』(光文社)で一躍注目を浴びた52歳のマーケティング・アナリスト。「10年ほど高円寺を観察してきて、高円寺こそが都市なのではないか」と主張する彼が、「高円寺大好き教」(そんなのないけど)に洗脳された信者の如く、高円寺のあらゆる面を賞賛しまくるという愛に溢れた著書なのだ。ちなみにそんな一部を抜粋すると、
ゆるいのに個性的である。(中略)高円寺は他の街にはけっしてない個性を持っている。それは、街をつくるのが大企業ではなく、あくまで自由な個人としての人間だからである。
雰囲気のベースに昭和的な懐かしさがある。(中略)変化の速度がゆっくりしている、でも古めかしいままではない。
高円寺では酒場などで知り合った者同士が仕事を融通し合ったり、男女なら恋愛、同棲に至ったりすることが多いようである。(中略)高円寺ならぬ「好縁寺」というわけである。
高円寺は環7、早稲田通り、青梅街道がすぐ近くを走っていることで、街の内部を車が通過しない街になっている。だから歩行者は安心して歩けるのである。
なんて素敵な街なんでしょう。確かに高円寺には、ラフな服装の”意外に若くない大人”たちが多く、クリエイティブな職種やお笑い芸人など、柔らかい職を営む人が長く住みやすい印象がある。著者は他にも人、店、道、建物……高円寺のあらゆる点を褒めまくる。また、高円寺への強過ぎる信仰心から、他の中央線沿線の街を比較対照として挙げ、何か恨みでもあるかのように悪い点ばかり挙げているのがかわいい。その一部がこちら。
■吉祥寺
道路の左右には歩道があるが、自転車も狭い歩道を通るので、子連れでは歩きにくい。歩道に駐輪する自転車も多い。また歩道が車道に向かって傾斜しているので、バギーを押すと傾いてしまう。それにそもそも人が多い。
■阿佐ヶ谷
東西に人が動きにくい。また買い物はアーケードのパールセンターにほぼ限定されるので、駅前に降り立ったときに、高円寺のように街全体に人が歩く、にぎやかな雰囲気が感じられにくい。これはアーケードがもたらす、ひとつの弊害だ。
■荻窪
駅周辺に落ち着きがないし、駅の南北を歩いて行き来するには階段を上ったり降りたりしなくてはならない。だから楽しく歩ける街にはなりにくい。
高円寺を褒める本とはいえ、阿佐ヶ谷や荻窪の住民からの誤解も恐れずに酷評を繰り返す著者の高円寺愛が素敵だ。また、高円寺に多いという「外階段」付きの安アパートを、オートロック付きマンションなどと比較。外階段自体を「個人と街のあいだに管理する人はいない」という理由により、「まさに高円寺の自由な雰囲気を保証するインフラ」と賞している。一方、高円寺にはありえない地下鉄直結型のマンションやオフィスビルについては、やや興奮気味に酷評する。
どこも同じようなチェーン店のカフェやパン屋がある。そこでは人間がまるでベルトコンベアに乗せられているかのように移動し、ブロイラーのように与えられたものを食べるように(しかもお金を払って!)仕組まれているのである。そこでは効率主義だけが支配している。
今まで駅直結型のマンションは成功者の証だと思っていたが、その住民が「ブロイラー」のようだったとは気付かなかった。また、高円寺とは無縁ともいえる巨大複合施設「六本木ヒルズ」を「失敗」ときっぱり。
六本木ヒルズなども、私には迷路的な都市を作ろうと思って失敗した例に見える。何度行っても、どこに何があるかわからない。先日も映画を観に行ったが、地下鉄を出て、地上に出て、ヒルズの前に行き、それからどうしたら映画館にたどりつくかが非常にわかりにくい。(中略)どういう思想で設計しているのだろう。おそらく、魅力的な都市は迷路的だというコンセプトだけに支配されて、人に安心感、快適さを与える気持ちが欠如しているのである。だから回転扉に子どもが挟まれて死亡するなどという痛ましい事故が起こるのである。
六本木ヒルズで迷子になる著者。ここで「人それぞれの好みだろ……」とかツッコんでしまうのはナンセンス。なぜなら「高円寺大好き教」(ないけど)の信者の著書だから。
もっと言わせてもらえば、「新女子街」の「女子」の部分はどこにあるのか、いまだ不明だ。冒頭のオシャレなお店紹介なのだろうか……。「高円寺大好き教」(だからないけど)の前に、女子の文字も霞んだのかもしれない。
最後に、この著者は吉祥寺在住だ(ズコー)。その為か、本書はあくまでもデータやアンケートを基に、著者の主観や好みが書かれたものであり、高円寺住民が読むとツッコミたくなる箇所は多いかもしれない。しかし、そんなことをも凌駕する、(住民が引くくらいの)著者の高円寺愛がこの本には詰まっている。早速「高円寺 東京新女子街」を小脇に抱えて中央線に飛び乗ろう(地下鉄東西線も乗り入れてるよ)!
(林タモツ)
「私、サブカル大好き」っていう子が住んでんでしょ?
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