「所詮オカマ」「所詮売れ残りの女」、そこから始まる生き方とは?
――表題作である「団地の女学生」では、同じ団地の棟に住む84歳の独居老人・瑛子とゲイの中年男性・ミノちゃんの関係性が印象的でした。嫁いで行った娘の代わりに墓参りに同行してもらったり、手料理を差し入れるなど、一般的なご近所付き合いとはちょっと毛色が違いますよね。
伏見憲明(以下、伏見) 昨今の団地って、いわゆる「一家団欒」とはあまり縁がないところなんですよ。子どもが成人して出て行ってしまい、夫もしくは妻に先立たれたお年寄りが一人で暮らしているケースが非常に多い。だからこそ、同じ団地に住むご近所との関係性が「家族」とも言えるくらい、親密なものにもなる。一人暮らしのお婆さん同士が一緒に買い物に出かけたり、手をつないで散歩をしていたり、そうやってみんな”孤独じゃない時間の過ごし方”を見つけている。欠けたものを埋め合わせるために、新たな関係性を築き上げているんです。
――故郷の思い出話にふけるお婆さんと、その隣で”今夜のお相手”を携帯で探しているゲイの組み合わせって、なかなか異色ですよね(笑)。そして、お婆さんも初恋の相手を訪ねる決心を密かに固めているという。
伏見 あれは僕の母をモデルにしているんです。というのも、以前母が幼い時代の淡い恋の思い出について話してくれたとき、「今思うと、あの人に好かれていたみたい。私は好きじゃなかったんだけど」と語る口調が、なんかいやらしくて(笑)。母は80代で、若い頃は愛だの恋だの言っていられない大変な時代だったと思うんですが、そんな中でも胸がときめくような思い出が少しはあって、それが人生をすごく豊かにしているんだなと感じたんです。
――作中に登場する個性豊かなお年寄りたちも、本作の魅力の1つだと思います。ただ、中にはベランダから飛び降りたり、愛する子どもに冷たい仕打ちをされながら死んでいったり……と、悲しい最期を迎えるお年寄りもいて、切なくなりました。
伏見 高齢化が進んでお年寄りの数が増えましたけど、亡くなったときに「この人は幸せだった」と思われる人って、そんなにいない気がするんです。でも、人生って本当にかけがえのないもので、どんな終わり方であったとしても、僕はそれを肯定してあげたくなる。自然と気持ちがシンクロしてしまうんですよね。逆に若い子は人生に「希望」という名の余白があり過ぎて、共感するより先に「早くどうにかなっちまえ」と思ってしまう(笑)。一昨年から毎週水曜日に新宿二丁目のゲイバーでママを務めていて、若いお客さんから相談を受ける機会も多いんですが、たまに「そんなこと言ったってアンタ若いんだから、何度でもやり直せるわよ! こっちは更年期で大変なんだから!!」って言いたくなるときがあるんですよ。
――更年期って(笑)。ゲイバーのママを務めてみて、改めて感じたことは何ですか?
伏見 人は「勝ち札」ではなく、「負け札」でコミュニケーションを取った方が楽なんですよね。たとえば銀座だと、「どれだけ会社で偉いのか」とか「どれだけ高いワインが飲めるか」とか、勝ち札でのコミュニケーションが基本になるけど、二丁目はそうじゃない。「所詮オカマだし」とか「所詮売れ残りの女だし」とか、自分を低い位置に置いてコミュニケーションを図るから、その分楽なんですよ。ある意味、団地と同じ。「どうせ団地じゃん」みたいな(笑)。
――確かに団地で勝ち札の象徴ともいえるブランド品のバッグを提げていても、誰も「すごい!」とは思ってくれないですよね。
伏見 そういう”負けの場所”であるからこそ、僕にとっては精神的に過ごしやすい。「どうせ勝てないのだから、笑いに転化してしまおう」という強さが、団地と二丁目にはある気がします。
(取材・文=アボンヌ安田)
伏見憲明(ふしみ・のりあき)
1963年、東京生まれ。作家。慶応義塾大学法学部卒。91年に『プライベート・ゲイ・ライフ』(学陽書房→ポット出版『ゲイという経験』に再録)でデビュー。独自のジェンダー/セクシュアリティ論で衝撃を与える。以後、ゲイムーブメントの先駆けとして活躍。03年には、初の本格小説『魔女の息子』(河出書房新社)で第40回文藝賞を受賞。著書に『さびしさの授業』『男子のための恋愛検定』(理論社)、『欲望問題』(ポット出版)ほか多数。編集長として『クィア・ジャパン vol.1〜5』(勁草書房)、『クィア・ジャパン・リターンズ vol.0〜2』(ポット出版)を刊行。
短編『団地の女学生』と中篇『爪を噛む女』の2篇を収録。埼玉県下のマンモス団地を舞台に、独居老人、ゲイの中年男性、アラフォー独身女性の訪問ヘルパーら、”昭和の遺物”から脱出できずにくすぶっている人々の日常を描いたシニカルコメディ。
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