受賞作品からみたキーワードは、”笑い”と性別のボーダレス
前編では各作品をざっと解説してみました。正直なところ、大賞の『テルマエ・ロマエ』は来年、再来年でも良かったのでは、と思います。本作はまだ1巻。ここがまんが評論の大きな困難ではあるのですが、ひとつの作品をどのタイミングで評価するか、紹介するか、というのは、まんが専門家、評論家が頭を悩ますところであるように思います。
『テルマエ・ロマエ』は、大きく分けるとギャグまんがの部類に入るでしょう。そしてギャグまんがとしてのクオリティーは素晴らしく高く、非常に笑える作品であることも保証します。が、たとえば近年の『デトロイト・メタル・シティ』(白泉社)や『聖☆おにいさん』(講談社)の減速ぶりを見るにつけても、微かな不安を払拭しきれない私がいます。
その点において東村アキコ『ひまわりっ ~健一レジェンド~』(講談社)は稀有な作品であったと思うのです。先ごろ発売された第13巻で4年間の連載に幕を降ろしましたが、その間『ひまわりっ』は、父・健一の実話→コント集団「信頼関係」を巡るドタバタ→節子の極悪ぶり→奇跡のキャラクター・関先生の大暴れ……といった具合に、パワーダウンしかけた途端に新たな力を得て、テンションを一度も落とすことなく、最終回まで駆け抜けました。
それは『ひまわりっ』が設定に頼らないギャグまんがであったからだと私は思います。『デトロイト・メタル・シティ』は「気弱な渋谷系青年がデスメタル」という設定、『聖☆おにいさん』は「キリストとブッダが現代日本に暮らす」という設定の面白さに、笑いの多くを依っていることは否めません。さて、『テルマエ・ロマエ』の今後やいかに?
マンガ大賞のノミネート作品を見てみると、昨年以降「笑い」のウェイトが高い作品が目立ちます。今年の大賞『テルマエ・ロマエ』はもちろん、『海月姫』、『モテキ』、『アオイホノオ』はみな一様にギャグのレベルが高く、『宇宙兄弟』も骨太な物語の中に数多くの笑いを忍ばせています。
まんがは、対象とする読者の性別によって分断されてきた歴史があります。書店の多くは「少年向け」「少女向け」「男性向け」「女性向け」といった区分で、まんがの棚を作っていることでしょう。文芸においては「男性作家」「女性作家」と分類されることはありますが、「男性向け小説」「女性向け小説」と分けらることは滅多にありません。
近年この枠組は急速に崩れつつあります。今や男性向けまんがだって繊細な感情描写もお手のもの。女性向けまんがにも高度なギャグがあり、またスポ根的な力強い物語を紡ぎ出すこともできるようになりました。中でも「笑い」は性別を超えた快楽です。ボーダーレス化の進むまんが界で、笑いが高く評価され、またそれに相応しいハイレベルな笑いが登場することこそが、まんがの明るい未来を予見させます。
女性にしろ男性にしろ、少年まんがだから/少女まんがだからと遠慮する必要は一切ありません。カテゴリーがあるとすればそれは「面白いまんが」と「面白くないまんが」という区分のみ。無駄な垣根を作ることのないマンガ大賞は、毎年ひたすら「面白い」まんがを追い求めています。貪欲なマンガ好きのみなさんにとって、マンガ大賞が良きナビゲーションであり続けることを願って止みません。
指定図書は増える一方です
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