男性の化粧、アンチエイジング……美学を失った”化粧”の向かう先は
日本における”化粧”の変遷を学術的にたどった『化粧にみる日本文化』(水曜社)を刊行した、国際日本文化研究センター機関研究員(講師)の平松隆円氏。これまでの化粧関連書籍は歴史学に基づいた時代区分をしていたが、平松氏は化粧文化から独自に時代を分け、化粧と人との関係性や化粧の発展を膨大な史料を基に解説している。現在までの化粧文化を経て、今後、どのような風潮が生まれるのか――。コスメティックプランナーの恩田雅世氏との対談で、化粧の可能性を探ってみた。
――そもそも、男性である平松さんが、どうして化粧に興味をもったのでしょうか。
平松隆円(以下、平松) 僕は関西出身なのですが、学生のころは「大阪コレクション」が開催されるなど、すごくファッションが身近だったんですね。その後、ギャルやギャル男と呼ばれる存在が出現し、男性の化粧というものを心理的/文化的に勉強してみようと思ったんです。僕自身もネイルサロンに行ったりしてましたし(笑)。
恩田雅世(以下、恩田) それは装飾するという意味での化粧ということですね。
平松 そうですね。ただ歴史から探ってみると、化粧とはただ眉毛を描く、ファンデーションを塗るという装飾的な意味だけじゃないんです。だからこの本では「じゃあ、化粧ってなんだ?」っていう化粧の定義付けから考えてみました。
恩田 では平松さんにとって、化粧というのはどういうものだと考えておられますか?
平松 化粧には二つの側面があると思うんです。一つは「印象管理」ですね。綺麗、優しそうとか、他人からこう思われたいという自分を演出する。突き詰めると、対人関係ですよね。自分の部屋で一人で汚い格好をしているならいいですけど、他人との関わり合いとなると、どう見られるかという視点が入って来る。もう一つは「自分自身に対しての化粧」です。やっぱり、きれいに化粧が仕上がった日はウキウキするし、何かが決まらないときは気分も盛り上がらないわけだし。
■男性の化粧に関する、価値観の変化
恩田 ちょっと話が戻りますが、ギャル男の出現はどんな風に見ていました?
平松 ギャル男っていうのは、ギャルにモテたいからああいう恰好をしたんだと思うんです。単純にてっとり早く「注目されたい」「目立ちたい」という心理も働いていたと思いますけれど。
心理学に「対人魅力」という言葉があるんです。対人魅力というのは、専門的には人が他者に対して抱く魅力や好意、あるいは非好意などの感情的態度のことです。ようは、その人のことが好きか嫌いかってことなんですけれど。対人魅力を高めるためには3つ要因があって、(1)物理的近接性(一緒にいる時間が多い)、(2)身体的(外見的)魅力、(3)態度の類似性(自分との類似性)なのですが、ギャル男はこの類似性の部分を担っているんです。ギャルからすると、自分たちと同じブランドの服を着て、好感がもてて仲良くなりやすい。だからギャル男はギャルに近づきやすいし、受け入れらたんだと思います。
本でも触れていますが、これは歴史上でも見られることなんです。歴史においても、将軍や天皇と同じ化粧をしたという記述も残っています。
恩田 私は、化粧というのは今の自分自身よりも”上”に行くための手段だと思っているんですよね。将軍や天皇に近づくために化粧をした、というお話が出ましたけど、江戸時代でも花魁(おいらん)の化粧方法が町娘たちの間で流行ったり、いつの時代も憧れるものに少しでも近づく手段として使われてきたんだと……。化粧によって”あがる”感じは今も昔も変わらない、化粧の役割のような気がします。
――平松さんは今回の著作に関するさまざまなメディアの取材で、男性の化粧についての質問が多い、と嘆いてらっしゃいましたが。
平松 戦時中ですら、「休日に遊びに出かけて基地に帰ってきたとき、『貴様、化粧もしないで』と怒られた」という記述が残っています。特に戦時中なんかは、頬紅を塗って顔色を良く見せることなどは常日頃やっていたようですし、現代における”男が化粧すること”に対する偏見の方にむしろ違和感がありますね。そういった価値観の変化は、多分、戦後高度成長期が分岐点になると思います。みなさん、えーって言われるんですけれど、男性が化粧をしなかった歴史ってないんですよ。
恩田 私は、現代の化粧する男子と歴史上の化粧をしていた男子の違いは、化粧と生死のリンク、そして美学がキーポイントな気がします。それこそ、武士は戦に行くときも「首を取られても、相手に無様な死にざまは見せない」と絶食したり、化粧をしていったわけでしょう? 先ほどの頬紅の話だってその一環だと思いますし。その後、近代で化粧をした男性がセンセーショナルに受け止められたのは、YMOや沢田研二といった存在ですが、男性の化粧における”ファッション性”や”パフォーマンス色”が強くなったことが原因だと思います。
■化粧に踊らされない、美の価値観を
恩田 平松さんは、現代の中年女性における”アンチエイジング”の動きを、どうご覧になっていますか?
平松 別に悪いことだとは思わないんですが、20代30代の自分を理想として、そこに向けて回帰するという流れはおかしいと思うんですよね。50代、60代としての理想を作るべきだと思います。それも、化粧品メーカーが作った理想ではなくて、本人たちが作る理想を。
恩田 私は、もはや50代になったら、「どう生きてどう散っていくのか」を視野に入れるべきだと思っています。だって、一生老いないってことはないわけですし、60代70代で体力が衰えてきているのに、ヒアルロン酸注射で顔だけがピンピンしていたら変でしょう。どう散るかを考えることは、どう咲くかを考えること。「いくつになっても若ければ良い」という一義的な価値観だけでなく、自分らしい美しさを確立する視点が必要だと思います。
平松 これまでだったら、死んだらエンゼルメイクと呼ばれる死化粧だけだったのが、今はエンバーミング(遺体に必要に応じて修復したうえで保存処理を施し、生前のような状態で長期保存を可能にしようとする技法)があるから、死んでもきれいなままでいられるんです。自分の死んだ後の姿まで思い通りにプロデュースする時代になったんですね(笑)。ただ、外見を磨くことは決して悪いことじゃない。それによって内面が変わることもあるんですから。優しい印象を化粧で粧うことで、実際に内面も優しくなるわけです。こうなりたいっていう自分のイメージをしっかりもって、化粧の力で外見を変えてあげれば、きっと内面も理想の自分に近づいていきますよ。
恩田 そうですね、化粧をすることによってモチベーションがあがったり、気分が良かったりしますからね。とはいえ、自分自身を客観的に見ることができる心と知性がないと、流行りのメイクやその情報だけに呑まれてしまう。化粧に踊らされるんじゃなく、自分の魅力を引き出すための「美の哲学」を持って化粧を操る女性が増えてほしいですね。
平松 隆円(ひらまつ・りゅうえん)
1980年、滋賀県生まれ。世界でも類をみない化粧研究で、博士(教育学)の学位を取得。現在、国際日本文化研究センター機関研究員(講師)/京都大学中核機関研究員。専門は、化粧心理学や化粧文化論など、よそおいに関する研究で日本文化を解き明かしている。大学の講義では、男性も女性も化粧をしている事実に気づかせ、外見の重要性や外見の魅力が内面の魅力につながっていることを伝えている。
恩田 雅世(おんだ・まさよ)
コスメティックプランナー。数社の化粧品メーカーで化粧品の企画・開発に携わり独立。現在、フリーランスとして「ベルサイユのばらコスメ」開発プロジェクトの他、様々な化粧品の企画プロデュースに携わっている。コスメと女性心理に関する記事についての執筆も行っている。
■公式ホームページ「オンダメディア」
『化粧にみる日本文化』(水曜社/3,675円)
男も女も化粧をする。だが、その事実は忘れられ、化粧は女性だけのものと考えられている。人間の個人的性格と社会的生活は、表情や魅力に関係する。それを強調し、意図的に操作をおこなう化粧は、その社会や文化がつくりだす結果であり、投影図である。本書は、心理と行動、文化と風俗の二つの側面からわが国の「化粧」を捉えなおす初の試み。
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