マンガがドラマ化される理由~スポ根としての女子まんが序論(1) ~
――幼いころに夢中になって読んでいた少女まんが。一時期離れてしまったがゆえに、今さら読むべき作品すら分からないまんが難民に、女子まんが研究家・小田真琴が”正しき女子まんが道”を指南します!
近ごろでは猫も杓子もまんがをドラマ化、映画化していて、中には『オトメン』のような企画もの丸出しのちょっとアレなまんがまでもがドラマ化される始末です。まんが界にとって商業的には喜ばしいこととは言え、例えば『リアル・クローズ』(関西テレビ系)のような惨状を目の当たりにするにつけ、一まんが好きとしては悲しい思いをすることも格段に増えました。
なぜまんがは、こんなにも映像化されるようになったのでしょうか? ひとつには映像界の脚本不足が挙げられます。かつて「トレンディドラマ」と呼ばれるジャンルを席巻した売れっ子脚本家たちは、今やすっかりエッセイストやプロデューサーとして悠々自適の生活を送り、以後新たな才能が育ってきていない業界の現状があります。そして第二にまんがの映像化が立て続けにヒットしたこと。あれは3~5年ほど前でしょうか、『NANA』『のだめカンタービレ』『ハチミツとクローバー』の映画、ドラマ、アニメがある一時期にまとまってヒットしたことがありました。はたして柳の下には何匹のどじょうがいるのでしょう?
今クールだけでも『オトメン』『リアル・クローズ』『深夜食堂』『JIN 仁』『マイガール』と、5本ものまんがを原作とするドラマがあり、また『君に届け』がアニメ化されます。そうした中、近年映像化されるまんがには、女性向けのまんが、特に「少女まんが」よりも上の年代を狙った「女子まんが」とでも言うべき作品群が、数多く含まれているのが特徴です。これは、古い言葉で言うならばいわゆる「F1」層をターゲットとするのに「女子まんが」が最適なコンテンツであるからです。
さらに言うならば、あまりご存じないかもしれませんが、東村アキコ先生がおっしゃるとおり「今って、マンガ界が一番おもしろいことになっている時代」なんです(「FRaU」2009年9月号)。女性向けまんがは、かつてのようにおめめキラキラ、お花畑で「いつか王子様が」なんて世界ではもはやありません。酸いも甘いも知り尽くした大人の女性のためのエンタテインメントであり、また男性読者をも魅了するストーリー性と笑いとを兼ね備えています。
キーワードは「スポ根」。女子まんがは、スポ根化することによってかつてない普遍性を獲得したのです。その先鞭をつけたのが、ほかならぬ安野モヨコ先生の『ハッピー・マニア』でした。
そもそも少女まんがにおけるスポ根といえば、『アラベスク』や『エースをねらえ!』、そして槇村さとる先生のダンス系作品群(『愛のアランフェス』『ダンシング・ゼネレーション』…etc.)に代表されるように、「強さ」と同時に「美しさ」を要求するのが最大の特徴です。また、男性向けスポ根においては添え物に過ぎなかった色恋沙汰のウエイトがぐんと上がって、「恋とバレエ」「恋とテニス」「恋とダンス」といったように、恋以外に打ち込む「何か」があって、しかしやはり恋があるからこそ頑張ってしまう少女たちの姿が描かれていました。
ところが『ハッピー・マニア』において安野先生は、恋そのものを「スポ根」として描いたのです。確かに恋は「美しさ」を要求するものではありますが、恋とセットになるべき「何か」はそこに存在せず、ただひたすら恋、恋、恋。もはや恋は絶対的な独立する要素ではなく、スポーツの一種となりました。しかしそれは決して安野先生が恋を貶めたわけではなく、その根源にある、女子の衝動を発見したからです。それが「情熱」です。
もうひとつ、現在の女子まんが界の隆盛に大きな影響を及ぼしている作品が、ご存じ井上雄彦先生の『スラムダンク』です。「週刊少年ジャンプ」の全盛期を支えたこの不朽の名作は、火を見るよりも明らかに「少年まんが」ではあります。しかし、現在の女子まんが界をけん引する作家の作品に、数多く『スラムダンク』の痕跡が見え隠れするのは一体どうしたことでしょうか?
共に同人誌出身の作家、羽海野チカ先生とよしながふみ先生は、コミケではいちばん最後まで『スラムダンク』を描き続けていた2人です(よしながふみ『あのひととここだけのおしゃべり』より)。「マンガ大賞2009」受賞作家・末次由紀先生は、かつて『スラムダンク』の盗作騒動で辛酸を舐め、そしていま「末次版スラムダンク」とも言うべき力作『ちはやふる』で大ブレイクを果たしました。
少年まんがの側から見れば、『スラムダンク』は史上最多の女性読者を獲得した、エポックメイキングな作品でありました。おそらく『キャプテン翼』の頃からなんとなく腐女子マーケットを意識していた編集部は、『スラムダンク』の成功によって腐女子サイドに大きく舵を切り、今や読者の半数が女性だと言われています。
『スラムダンク』の一体なにが、数多くの女性の心をつかんだのか。ストーリーテリングと圧倒的な画力は、誰もが認める『スラムダンク』の大きな魅力ではあります。しかしそれ以上に鍵となるのが、「大いなる目的の不在」と、それによって際だつ「個人と個人の関係性」です。
次回からは「スラムダンク」と「ハッピー・マニア」に関して、「女子まんが」という視点から、より細かな分析を加えていきたいと思います。
小田真琴(おだ・まこと)
1977年生まれ。少女マンガ(特に『ガラスの仮面』)をこよなく愛する32歳。自宅の6畳間にはIKEAで購入した本棚14棹が所狭しと並び、その8割が少女マンガで埋め尽くされている(しかも作家名50音順に並べられている)。もっとも敬愛するマンガ家はくらもちふさこ先生。
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