手厳しいアメリカ・メディアも大絶賛! 20年に1本の名作『マッドメン』
――海外生活20年以上、見てきたドラマは数知れず。そんな本物の海外ドラマジャンキーが新旧さまざまな作品のディティールから文化論をひきずり出す!
アメリカTV業界におけるここ10年のトレンドは、「視聴者を子ども扱いする」番組を制作するか「視聴者を大人扱いする」番組を制作するか、どちらかだとされている。前者は「頭を使うことなく見たままを楽しめる」単純明快なMTV系のリアリティ番組や『アメリカン・アイドル』『サバイバー』などのリアリティー・コンペ番組。後者は『ザ・ホワイトハウス』『24』『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』(以下、『ザ・ソプラノズ』)に代表される「脚本、プロデュース、監督、全てがハリウッド映画を超える」本格的社会派ドラマ・シリーズだ。
リアリティー番組の氾濫によりレベルが大幅にダウンしたとされているアメリカTV番組だが、一方で「これまでにない」最高級のドラマシリーズも一流のスタッフの手により作り出されているのである。
中でもTV版『ゴッド・ファーザー』と呼ばれている『ザ・ソプラノズ』は、特に脚本のクオリティーが高いとエンターテインメント業界で大絶賛されており、エミー賞ドラマ・シリーズ部門脚本家賞に1999~2007年の放送期間中に21回ノミネートされ、うち6回受賞という快挙を達成。
その『ザ・ソプラノズ』の脚本チームにスカウトされ、大出世した脚本家がいる。当時、まだ駆け出しであったマシュー・ウェイナー。彼が2000年に執筆した『マッドメン』パイロットのスペック・スクリプト(オープン・マーケットで売買される脚本のこと)が、偶然番組クリエーターの目に留まり、その才能を見込まれ業界最高級とされるドラマ脚本チームに招き入れられたのだ。
業界から一目おかれているクリエーターを唸らせた『マッドメン』は、『ザ・ソプラノズ』同様タブー満載であり、制作するのにはいくつものハードルがあるとされていた。しかし『ザ・ソプラノズ』が、「CMスポンサーに縛られることがなく、規制も緩い」有料ケーブル局のHBOで放送され、大成功した前例を制作する側から見てきたマシューは、『マッドメン』も5大ネットワークではなく、有料ケーブル局で映像化すれば大ヒットするに違いないと確信。『ザ・ソプラノズ』終了後、複数の局にアプローチし、AMCチャンネルと契約を結ぶことに成功したのだった。
旧き良き時代のハリウッド映画専門チャネルであったAMCは、2002年以降新たな方針を打ち出し、局オリジナルのドラマシリーズ制作にも力を入れるようになっていた。60年代が舞台のドラマ『マッドメン』は、AMCにとってはうってつけの作品だったのである。
マシューは『ザ・ソプラノズ』で馴染みとなった、信頼のおける一流のスタッフたちに『マッドメン』を一緒に制作して欲しいと依頼し、同時にオーディションも開始。『マッドメン』という「素晴らしい脚本があるらしい」という話は、瞬く間にハリウッドに広まり、この時期役者たちは「もう『マッドメン』のオーディションに行った?」が挨拶代わりとなっていたほどであった。
こうして脚本執筆から7年経った07年7月、『マッドメン』の放送が開始された。マイナーな局であるため、パイロットの視聴率はかなり低かったが、アメリカの各メディアはこぞって『マッドメン』の特集を組み「大人のロマンと美的感覚、そして知性を感じられる作品」だと大絶賛した。
■黒人差別などタブーを扱いながらも美しい画作り
ドラマの舞台は60年代のニューヨーク。広告代理店が立ち並ぶマンハッタンのマディソン・アベニューで、一流の広告マンとしてクライアントを唸らすキャッチやアイデアを生み出す男たち、そして彼らを取り巻く女たちの物語である。ドラマはスロー・スターターであったが、じわじわと視聴率を伸ばし、同年のエミー賞に軒並みノミネートされ、総嘗め受賞を成し遂げたことから一気にブレイク。
60年代といえば、黄金時代を称されアメリカの景気がうなぎのぼりだった時代であるが、黒人による公民権運動や女性が立ち上がったウーマンリブの時代でもある。『マッドメン』は現代ではタブーとされる人種差別、男尊女卑、同性愛者差別、子供への体罰、マナー無視の喫煙シーンなどが満載であり、ドラマのセットや衣装などを忠実に再現しているとはいえ、現代人としては決してノスタルジックに浸れるものではない。
タブーを恐れるメディアが、それでも『マッドメン』をこぞって絶賛したのは、「見所となる要素が至るところにある点」「エネルギッシュで情熱的だが、時に切なく繊細なストーリーになところ」「ほかのドラマのようにキャラクターが自分の気持ちを語ることがないため、逆に感情移入しやすい点」、そして「恋愛、ビジネス、夫婦としての駆け引きなど人物関係の描写が素晴らしい」からだといえる。
粗探しが得意で、手厳しいアメリカのメディアが、ドラマをステップ・アップさせようと必死になることは珍しい現象である。『マッドメン』は、業界だけでなくメディアも満足させ、味方につけたサクセス・ドラマだといえよう。大人が心から楽しめる「グルービーで美的感覚溢れる名作」を、視聴者以上にメディアは待ち望んでいたのだ。
『ザ・ソプラノズ』で修行を積んだマシューが生み出す熟成された脚本は、日本でも10月19日からフジテレビで放送されているシーズン2で、さらにメディアを唸らせた。現在、アメリカではシーズン3が放送中だが、シーズンを重ねてもダレることなく「新鮮さ」を保ち続けられる『マッドメン』のような作品は、ほんの一握りなのである。
10年に一度ともいわれる名作ドラマ『マッドメン』。ここまで中毒性のあるドラマは、これからもそうそう出てこないだろう。騙されたと思って、ぜひ1話見ていただきたい。
堀川 樹里(ほりかわ・じゅり)
6歳で『空飛ぶ鉄腕美女ワンダーウーマン』にハマった筋金入りの海外ドラマ・ジャンキー。現在、フリーランスライターとして海外ドラマを中心に海外エンターテイメントに関する記事を公式サイトや雑誌等で執筆、翻訳。海外在住歴20年以上、豪州→中東→東南アジア→米国を経て現在台湾在住。
パッケージも洗練されています
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