アメリカのヒスパニック社会が生み出した、『アグリー・ベティ』という動き
――海外生活20年以上、見てきたドラマは数知れず。そんな本物の海外ドラマジャンキーが新旧さまざまな作品のディティールから文化論をひきずり出す!
アメリカは移民が作り上げた国であるが、20世紀始めは国別に移民を受け入れる人数を設定し「人種の選り好み」をしていた。白人優先主義をとっていたからなのだが、時代の流れと共に差別をなくそうという意識が高まり、1965年に新移民法が成立。出身国関係なく、申請された順に移民ビザが発行されるようになった。
この「ジョンソン移民法」により急増したのが、メキシコ、プエルトリコ、キューバなど中南米地区から「夢と希望」を胸に国境を渡ってくるヒスパニック系の移民である。敬虔なカトリック信者が多く、家族や親族、同胞の繋がりを大切にする彼らは、助け合いながら生活し、結束の固いコミュニティを形成。今やアメリカ最大のマイノリティへと成長した「ヒスパニック社会」をつくりあげ、アメリカTV業界にも多大なる影響を与えたのだ。
米5大ネットワークは、多くの番組をヒスパニック移民たちの母国語であるスペイン語で二カ国語放送しており、視聴率向上を図っている。ヒスパニック向けのスペイン語オンリーチャンネルも存在しており、アメリカ初の外国語TVネットワークであるUnivision、2002年にNBCユニバーサルに買収されたTelemundoが人気を集めている。
また、ジェニファー・ロペスなどアメリカンドリームを手に入れ、世界的に活躍するヒスパニック系エンターテイナーが増えるにつれ、中南米で放送されているドラマ、特に情熱的で激しく、セクシーなラテン系TVドラマ「テレノベラ」が注目されるようになった。中でもコロンビアで1999年から2001年まで放送された「ベティ~愛と裏切りの秘書室」が世界中で大ヒット。「聡明で仕事が出来る女性なのに、服装も、髪型も、体型も、顔も、なにもかもがダサく、みなから卑下される」若き女性がヒロイン、という斬新なコンセプトが大うけし、インド、ドイツ、メキシコ、ロシア、イスラエルなど多くの国でリメイク版も制作され、それぞれが高視聴率をマークした。
アメリカでも、Univisionでオリジナル版とメキシコ・リメイク版が次々と放送され、ヒスパニック系アメリカ人から高い人気を得た後、USリメイク版制作が決定。ヒスパニック移民が多く住むニューヨーク・クイーンズに家族と暮らし、「フリーダム」と「アメリカン・ドリーム」の象徴である自由の女神が見守るマンハッタンを舞台に、キャリア、恋愛に大奮闘するという設定の「アグリー・ベティ」が2006年9月に誕生した。
■ヒスパニックの現状を笑いとともに組み込んだストーリー
ヒロインは、幼い頃から出版業界で活躍することを夢見ており、才能もあるのだが「外見がイマイチ」なため、これまでチャンスさえ与えられず、思うように就職活動できずにいた。しかし、そんな彼女が、「ひょんなことから」超一流ファッション雑誌モードの編集長アシスタントとして就任。憧れの仕事につけ、大喜びの彼女だったが、職場ではモデルように美しい同僚たちの陰険ないじめにあい、女にだらしない上司のプライベートな尻拭いに翻弄され、帰宅すれば貧しい移民であるがゆえの問題に苦しむ家族を助けなくてはならず、おまけに彼氏ともトラブルがあり、毎日ヘトヘト、というところからドラマはスタート。
「才能があれば、誰もが出世できる」とされるアメリカだが、職種によっては「外見のイメージが仕事にも大きく影響する」という現実がある。ドラマの主人公は、この理不尽な現実に毎回ぶち当たっており、男女問わず共感できるという点から視聴率は鰻上りとなった。
昼メロドラマ的な「ドラマチックでサスペンスとお色気たっぷり」、そして「ちょっとありえない」的なストーリー展開は、2004年から放送され爆発的なヒットとなった「デスパレートな妻たち」に通じるものがあるのだが、そこに「情熱的で、底抜けに明るく、暢気な」独特のヒスパニック・エッセンスが加わったことで「従来のプライム・ソープと大きく異なる」クオリティの高いコメディに仕上がっており、幅広い層の視聴者を獲得することにも成功。
ファッション雑誌という華やかな業界が舞台であり、先端流行ファッションを作り上げる業界雑誌編集部の内部事情が垣間見える点で多くの女性ファンをひきつけており、中でもウィルミナ役のヴァネッサ・ウィリアムズの洗礼されたファッションは話題となっている。
また、同作品は不正滞在者が多く貧困にあえぐニューヨーク・クイーンズ地区に住むヒスパニック移民の実態も生々しく描いており、家族の絆が強くても、それだけでは乗り越えることができない厳しく苦しい問題の数々が、コミカルなストーリーラインの中しっかりと組み込まれており、大きな反響を呼んだ。
主人公の姉は10代で妊娠・出産をしており学歴が低く、なかなか安定した仕事に就けない。重い持病を抱える父親も医療保険の問題を抱えている。一家は、次々と逆境に立たされ、時には大喧嘩もするのだが、最後は家族一丸となり問題を解決しようと前向きに突き進んでいく。しかし、そう簡単に問題は解決しないのである。
日本で9月2日にリリースされるシーズン2では、さらに深まる家族の問題に加え、主人公の上司で会社を支配する一族の複雑でドロドロした家庭問題もヒートアップ。貧しくても、金持ちでも問題は生じる。しかし、揺るぎない家族の絆を持つヒスパニックの心は、どんなときも「豊か」であり、強い精神力を保てるのだとドラマは教えてくれる。
先日、ヒスパニック初の米連邦最高裁判所判事が誕生した。ニューヨーク・ブロンクスの貧しいプエルトリコ移民家庭に生まれ育ち、9歳で父親を亡くし、苦学しながら究極のアメリカン・ドリームを手に入れた「たたき上げ」のこの人物の名はソニア・ソトマイヨール。55歳の女性である。
ソニアは以前「ラティーノ女性の方が、白人男性よりも正しい判断が下せるわ」と公の場で発言し、問題視されたことがあった。しかし、ソニアの言葉そのものである「アグリー・ベティ」が、ここまで大ヒットし社会現象になっている現実をみると、うなずかずにはいられなくなる。ヒスパニック系アメリカ人たちがアメリカを引っ張っていく存在になることは、そう遠くないのではないだろうか。
【関連記事】 『アルフ』の魅力は声優と、地球に向けられた優しいまなざし!?
【関連記事】 出演者もカミングアウト! レズビアンが作り出す”Lの世界”のリアル
【関連記事】 現代版『ビバヒル』はセレブと貧困の格差を描く『The OC』